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JALの777-300ER、元oneworld塗装「JA732J」が離日。社員に見送られ売却先のアメリカへ
ボーイング777-300ERの製造初号機であり、oneworld塗装機としても親しまれた「JA732J」が日本を離れた。
JALで約21年にわたり国際線で活躍し、社員や飛行機ファンの想いが詰まった一機は、3月4日未明に雨の羽田を出発し、アメリカ・アリゾナ州の売却先へと向かった。
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777-300ER製造初号機JA732J、ついに離日の時を迎える
3月3日から4日へと日付が変わったころ、また1機、日本の空からトリプルセブンが姿を消した。JALのボーイング777-300ERの退役は4機目となるが、今回はとりわけ特別な想いが込められた惜別だったと言えるだろう。なぜなら退役した機体は、記念すべき777-300ER製造初号機「JA732J」だからだ。
2003年2月に製造されたこの機体(ボーイングでの登録記号はN5017V)は、ボーイング社のテストベッド機として世界各地でデモフライトを実施し、同年10月には羽田、関西にも飛来した実績がある。その後、JALのJA732Jとして2004年7月1日にデリバリーされ、同年7月10日のJL781便(成田発北京行き)でデビュー。JALにとっての777-300ER導入初号機であるJA731Jとともに、国際線を舞台に約21年間活躍した。2009年6月からは、同機を象徴する「oneworld」塗装が施され、最古の777-300ERであると同時に、特別塗装機としても親しまれてきた。
退役整備を経て「oneworld」の面影もなくなった元JA732J。雨が降りしきるなか売却先へフェリー
JA732Jの商業運航のラストフライトは2025年11月20日のJL52便(シドニー発羽田行き)。これまでの総飛行時間は8万9,860時間39分、総飛行サイクルは1万1,358回に及ぶ。退役後は羽田空港のJAL 格納庫にて退役整備が行なわれ、これまでの退役機と同様に再利用可能な部品の撤去や、一部座席の取り外し、タイトルやロゴを白く塗り直す塗装作業などが実施された(本誌4月号でも詳報している)。加えて今回は、バイヤーの希望によりランディングギアおよびエンジンの交換も行なわれている。約3か月にわたる整備期間を経て、今回の退役フェリーフライトを迎えた。
離日にあたり、登録記号はすでに「N3243D」へと変更されていた。退役整備時には尾翼付近にJA732Jの文字が残されていたが、フェリーフライトに合わせて塗り替えられ、外観からは元JA732Jであったことが分からない状態となった。
フェリーフライトは3月4日の午前0時。出発が近づくにつれ雨脚は強まり、まるで空がJA732Jに別れを告げる“涙雨”のような光景が広がった。定刻から少々遅れること0時15分、JAL M1ハンガー前の214番スポットからヘディングノースでプッシュバック。G誘導路からC誘導路を経てC滑走路(RWY34R)へ向かい、0時31分に離陸した。機体は米アリゾナ州ツーソン空港へ直行し、10時間4分のフライトを経て現地時間午後6時34分に着陸した。
JAL社員の想いが詰まった製造初号機。残された777-300ERは今後も活躍を続ける
今回の売却を担当したJAL 航空機材・整備調達部整備グループの沓澤拓也さんは、過去3回の777-300ERの売却(売却順にJA734J、JA735J、JA731J)にも携わってきた。JA732Jの退役については、「製造初号機ということもあり、導入準備期間には先輩方がシアトルへの弾丸出張を重ね、多くの労力を注いで技術的な運用基盤を築き上げた特別な一機」「お客様やファンの皆様はもちろん、社員一人ひとりの記憶が詰まった機体が日本の空から無くなることは非常に寂しい。同時に、先輩方が築いたJALの誇りと品質を次のステージへつなぐ“バトン渡し”ができたと感じており、この仕事に携われたことを誇りに思う」と語った。
JA732Jの退役により、JALの777-300ERは残り9機となった。後継機であるエアバスA350-1000は、総発注数13機のうち11機がデリバリーされ、完納まで残り2機という段階まで導入が進んでいる。ただし、A350-1000の導入と777-300ERの退役は厳密には連動していないとみられ、実際に777-300ERの完全退役の時期も、現時点では明確に定まっていないという。徐々に数を減らしつつある777-300ERだが、その雄姿は、もうしばらく日本の空で見ることができそうだ。
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