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「失敗はない」――ANA人財大学 変革塾が牽引する社内提案制度「がっつり広場」が生み出す挑戦の文化
近年、「飛行機の墓場ツアー」や「GSEペーパークラフト」など、ちょっと攻めた企画や商品が登場しているANAグループ。これらは社内新規事業提案制度「がっつり広場」から生まれたものだ。
この募集の受付や企画の選定など、「がっつり広場」の運営に加え、採択された企画の実現に向けたサポートを担っているのが、人事部 ANA人財大学 変革塾である。「ANA人財大学」は採用や研修など、グループ社員の人事を担当する部門だ。ここで浮かぶのが、「ツアーや物販の企画を人事が担当? なぜ?」という疑問である。
そこで、ANA人財大学 変革塾のチームメンバーに集まってもらい、「がっつり広場」が生まれた背景や目的、実際に採択された企画がどのように実現していったのかなどを訊いた。
社内提案制度「がっつり広場」誕生のきっかけは、2020年に遡る。世界でCOVID-19が猛威をふるい、日本でも緊急事態宣言が発令されたこの年。人々の移動がなくなり、航空業界が大きなダメージを受けたのはご存じのとおりだ。この影響は長く続き、ANA社内にも先行きへの不安感が漂っていた、そんなときに生まれた企画が嚆矢となる。
当時、ANAの専務執行役員だった井上慎一氏が、自身が統括する営業部門の部署を対象に、新たな収益につながる方法のアイディアを募集したのである。その結果、さまざまな企画が誕生。地上に長期間にわたって駐機したままになっていたエアバスA380 フライング・ホヌを利用したチャーターフライトや、同機内で食事を楽しむ「レストランFLYING HONU」など、よく知られた企画もこうして生まれたものである。
ANAはコロナ禍以降、経営面でも“航空一本足打法からの脱却”を掲げて、さまざまな非航空事業に取り組んだ。社内提案からも28件の企画が実現し、約10億円の売上、そして約3億円の利益を上げた。
先述のとおり、「がっつり広場」と名付けられた社内提案制度の取り組みは当初、営業部門を対象に提案を募っていたが、他部署からも声が挙がり始めたことから全社員へ対象を拡大。さらに、顧客サービスを担うCX推進室 業務推進部のなかの、「価値創造チーム」という組織として運営していたが、現在は人事部門である人事部 ANA人財大学 変革塾へ運営が移管されている。その背景には、新規事業を通じた人財育成へと、取り組みの主目的がシフトしたことにあるという。
「提案が挙がってから遅くとも1年半から2年以内には実現する、いわば小さな成功体験を得られる制度です。1人でも多くの社員に、自分で課題・テーマを作って、それを実現させる成功体験を積んでもらうことが人材育成に直結するであろう、ということに軸足を置いた形で、新規事業の提案制度を再定義したものが、人事部の組織として推進する理由です」(チーフプロデューサー 野中利明氏)。
ANAの人事部門は採用に関わるのはもちろんのこと、“人財大学”と名付けられていることからもうかがえるとおり、“育成”にも力を入れているのが特徴だ。その一環として、「新規事業を立案し、実行する」という、いわば社員が自発的にカリキュラムを考えられる仕組みが用意されたのである。
応募のハードルを下げる――挑戦者を増やす仕組み
とはいえ、新規事業を考えて立ち上げるのは、アイディアだけでなんとかなるものではなく、実現までの道のりは簡単ではない。
しかも、提案される事業は、提案者の本業とは直接関係しないものであることも多い。例えば、整備士から提案されたツアー企画などは、アイディアの基に整備士としてのプロの知識や経験があったとしても、ツアー造成のプロによるものではない。“事業の企画書”といわれると、収益性やプロセスなども盛り込まなければならなそうだが、「がっつり広場」では、この最初の一歩のハードルを下げる工夫をしている。
「2024年度までは、現場で働いている人にも企画書を必ず書いていただくようにしており、ビジネスモデルを作っていただくなど、ハードルが高かったと思います。2025年度募集では、初めて応募する社員を増やしたいと考え、企画書作成の負担を軽減するために、Googleフォーム上で質問に回答していくだけで提案で求められる要素ができあがるようにしました」(マネジャー 中浦聡美氏)。
実際、2024年度は過去に応募したことのある社員、いわばリピーターによる提案が半数程度を占めていたが、2025年度は、初めて応募する社員の割合が全体の約80%に及んだという。応募の総数に大きな差はないそうで、初めて応募する人が純増した格好だ。
その内訳も興味深い。なんと、入社1年目の社員からの提案もあったという。2025年度は9月から10月にかけて募集しており、4月にANAグループに入社して半年ほどで、新規事業を提案するという意欲的な社員がいるというのだ。このような若手も含めて、応募者の年齢層は幅広い。
「入社1年目も含めて4年目未満が約33%を占め、約60%が9年目までの社員です。50代、60代の方もいますし、過去には役員からの提案もありました。入社年次を5年ごとに区切ってカウントしてみたところ、応募がない年次層がありませんでした。それだけ入社年次を問わず、幅広く応募があるということです」(中口敦恵氏)。
そのほかにも、新しく提案をする社員が増えるための取り組みを進めている。例えば各部署へのポスター掲示や、イントラネットでの告知といった広報活動はもちろん、提案前からバックアップする施策を打っている。
「外部から講師をお招きしてアイディアを出す練習のワークショップを開催したほか、提案前に変革塾のメンバーが相談に応じる個別相談会も実施しました。1か月ほどの期間でしたが、すべて満席になりました」(リーダー 宮下佳子氏)。
“伴走型”で事業化へ──変革塾が果たす役割
ところで、新規事業を提案して実現していくためには、当然ながらその推進のために時間を割かなければならない。そこで、本業に従事しながら、稼働2割の範囲で新規事業に携わることを認める(本業の業務時間から控除する)という枠組みになっているのが、この「がっつり広場」の肝といえる。
2割の時間は新規事業に携わってもよい、とされる一方で、2割の時間ではできることに限界がある。そこで、変革塾のメンバーがそれぞれの提案に“伴走者”としてサポートしていく仕組みになっているのである。
具体的には、応募された提案から実際に事業を進めるものを採択。そこに変革塾のメンバー1~2名がプロジェクトメンバーに名を連ね、案件の着地まで共に活動していくことになる。だが、さまざまな部署を経て変革塾に配属されたメンバーではあるものの、あらゆることに精通しているというわけでもない。そのため、例えば、物販であれば全日空商事、ツアーであればANA Xに相談するといったように、ANAグループの関係会社、関係部門にも聞き込みをしながら、必要に応じて社外パートナーも一緒に取り組みに参加してもらっている。
このようにプロジェクトの推進には周囲の協力、そして理解も欠かせない。稼働2割とはいえ、発案者は本業の時間を減らして取り組む必要があるので、本業の部署の理解が必要だ。この社内提案制度も年月を重ねたことでグループ内で知られるようになっているほか、航空機工場と航空機博物館への社会科見学ツアーを発案した1988年入社のベテラン社員は、「活動を通じて、がっつり広場の活動には職場理解が必要だと実感しました。今後もがっつり広場の応援者として、職場の挑戦者を後押ししたい」と、理解が広がっている様子だ。
また、取り組みを進めるなかで、関係部門やグループ内の各事業会社に協力を求めるケースもあるが、その場合は発案者のような勤務時間の控除はなく、各社のリソースを割くことになる。それだけに、各事業会社に価値を感じてもらうことがより重要となる。これは、自社単体の収益確保のみにこだわるのではなく、グループ連携でこそ実現できる価値創造の重要性への理解を取り付けながらプロジェクトを推進していったことが重要なポイントとなる。
「がっつり広場でのプロジェクトだからこそチャレンジできることがあるのです。例えば航空ファン向けの企画などがそうです。その企画がお客さまに受け入れてもらえるものかどうかを、実際に事業を通じてフィードバックを得ることができます。がっつり広場には、そのような位置付けも生まれています」(アシスタントマネジャー 萩野小青氏)。
例えば、中部国際空港で働くANA中部空港のグランドハンドリングスタッフの発案で生まれた「GSEペーパークラフト」。本商品が発表されたプレスリリースには、収益を能登地震の被災地に寄付するとあったが、実は企画のスタートは「被災地になにかできることはないか」という点にあったという。そのための手段を変革塾のメンバーと検討するなかで、高校時代に学んだ設計の知識を元に、グランドハンドリングスタッフらしいGSEのペーパークラフトを販売、その収益を寄付する形へと結実したのだという。そして実際に石川県に寄付するというゴールを達成している。
また、海洋プラスチックごみをアップサイクルしたフライトタグも同様で、石垣島出身の整備士が、海がどんどん汚くなるという危機感から、海洋ゴミの問題に目を向けてほしいと提案したものだという。社会課題にフォーカスした取り組みで、小学生向けの講演や、地域の人とのゴミ拾いイベントなどを展開。その取り組みの一つとして、海洋プラスチックをアップサイクルした商品が生まれた。
これらの事例は、ここまでに紹介してきた、「本業の知識が活かせる」、「Googleフォームで応募のハードルを下げる」、「変革塾メンバーのサポートで実現可能な形へ企画をブラッシュアップする」、「グループ内外が協力して商品化、販売する」という、がっつり広場らしさが詰まった企画のように思える。
一度きりで終わらない──事業として継続するケースも
こうして、「がっつり広場」から生まれた事業からは、その後も継続的に商品やツアー企画が続いているものがある。
例えば、旅客機に搭載しているシートのカバーをアップサイクルして生まれたスリッパは第2弾、第3弾と続いているほか、各地の神社とコラボレーションして販売している御朱印帳も広く展開が続いている。これらは新事業提案制度から生まれ、その期間が終了したあとは、グループ会社のANAウィングフェローズ・ヴイ王子が事業を引き継いでいるものだ。
航空ファン向け商品では、いわゆる“飛行機の墓場”へのツアー商品が挙げられる。最初は2023年に実施されたモハーヴェ空港へのツアーで、社内提案制度から生まれたものだ。その後、2025年、2026年にはヴィクタービル空港へのツアーへと続いている。これもやはり、社内提案制度で生まれたアイディアが好評を博したことから、その後、ANA Xなどグループ会社が協力して、事業として継続しているものだ。
「かなりの航空マニアである整備士2人からの提案で、例えば、飛行機の見どころや、お客さまがどちらのサイドからも楽しめるようにバスの誘導を組むなど、その圧倒的な当事者意識、顧客視点での、こだわりが詰め込まれていました。グループ5社が共同して進めましたが、組織としての目標も違う、価値観も違うなかで、同じ方向を向いてツアーをつくるというゴールへの、モチベーションをコントロールするのが難しい点だったと感じています」(渡辺こころ氏)。
ツアー関連の商品では、夜の格納庫でのウエディングフォト撮影会や、グランドハンドリングの見学ツアーも、同様に社内提案から生まれ、事業として継続開催されている例だ。
「グランドハンドリング見学ツアーは、元々2024年に成田空港のスタッフからの発案で実現しました。その後、関西国際空港、中部国際空港、佐賀空港へと広がり、それぞれの空港で独自のアイディアを盛り込んでツアーを提供しています。事業として継続するうえで、ANAグループにあるふるさと納税の枠組みを利用し、地域創生にも繋げながら提供しているのが特徴です」(川村大智氏)。
一方、ここまでに事例として挙げてきたものは、新しい販売品やツアーが多い。これには事情があるのだろうか。
「元々はコロナ禍のなかで1円でも多く収益を出すことが目的だったのが理由だと思います。飛べない飛行機の活用や、現場で普段捨ててしまうものなど、フロントラインだからこそ知り得ることに着眼し、一方で事務局側も、その着眼点に共感する部分があります。しかし、プロセスを見ると能登地震の復興支援や、海洋ゴミ問題などは結果としてはツアーや物販になっていますが、その発想はまったく異なるものです。また、整備士が業務のDX化に取り組んだノウハウを研修事業として提供するというユニークな企画も実現しています」(中村絵里菜氏)。
「がっつり広場」に失敗はない!
このように、“1円でも多く稼ぐ”から始まり、人材育成を目的とした制度に発展した「がっつり広場」。紹介したように、第2弾、第3弾と継続してANAグループの新たな事業・商品として発展したケースもあれば、プロジェクト単体で期待どおりの売上が上げられなかったケースもある。
「がっつり広場は、挑戦の文化を広げていくことも目的の一つです。事業化したから成功で、事業化しなかったから失敗ではありません。(期間終了後に開かれる)表彰式では井上(現ANA代表取締役社長)から発案者に声をかけるのですが、『がっつり広場に失敗はありません。バットを振ってここにいること自体が素晴らしいことで、振ったからこそ見えた未来に触れたことが成功の一つだから、それを次に活かせばいい』と伝えています。この失敗のない挑戦の文化が広がったことで、初めてエントリーする人が増えているのかなと思います」(中村絵里菜氏)。
つまり、成果云々ではなく“バットを振る=やってみる”こと、そして、“やらなければ知らなかった景色を見る”ことに尽きるというわけだ。
最後に変革塾のメンバーの何名かに、「がっつり広場」という制度に対する総合的な印象を訊いてみた。
「私は客室乗務員として入社していますが、ほかの事業に触れることがなかなかできないなか、現場の仕事をしっかりとこなしながら新しいことに挑戦できるプラットフォームがあることに意義を感じています。1人が挑戦すると周りでも見ている人が絶対にいて、それが形になるのを目の当たりにすると“自分もやってみよう”となると思います。実際に2025年度でも空港系の提案がすごく増えました。こうやって、ANAのグループのエンゲージメントにつながっているように感じられる、いい制度だと思います」(中口敦恵氏)。
「自分が持ってるやりたいこと、アイディアを形にできる仕組みがあること自体は、シンプルに素晴らしいと思います。私もずっとグランドハンドリングの現場で働いていましたが、例えばマーケティングや営業の知識などは、現場の仕事だけでは得られません。本来なら異動や転職をしないと経験できないことを、現場に籍を置いたまま経験できるのが魅力ですね。その先には、現場もプロフェッショナルで、さらにいろいろな経験値も積み上げています、という我々が呼ぶところの“二刀流人材”へとつながると思います。これもANAグループの強みだろうと考えております」(川村大智氏)。
「インターンシップのときに、入社しても自分がやりたいこと、やりたいアイディアを形にできる制度があることを説明したところ、“素晴らしい”、“1年目でも応募できるんですか?”と興味を持っていただきましたし、すでに『がっつり広場』を知っている方もいらっしゃいました。新しい事業創出や、経営目線、組織変革は、まさに学生の方たちの関心領域なのだと感じています」(渡辺こころ氏)。
「航空会社は、グループ会社含めてほとんどの社員が『現場』です。現場で安全運航を守る、マニュアルに従って守る、というのが大切ですが、それが行き過ぎて、マニュアル通りにやればいい、となると発展がなくなったり、大企業病的になったり、組織の壁ができたりといった弊害も生まれかねません。一方で、お客さまの課題やニーズ、新しいことに気づける場所も、やっぱり現場なのです。現場で気づいた人が、自分でそれをなんとか解決しようとし、実際に解決することでよい経験になっていく。そのような風通しがよく、自ら課題を解決する文化が生まれるような活動になればよいと思っています」(マネジャー 山田圭一氏)。
2025年度の応募のなかから、すでに採択する提案も決定。2026年度はそのプロジェクトが進められていくことになる。意外性のある企画が数多生み出されているだけに期待は高まる。航空ファン向けの企画も登場予定とのことで、その実現も楽しみに待ちたい。
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