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ANA国際線40周年、就航当時を知るレジェンド社員が思い出を語る

2026年3月3日、ANAが国際定期便に就航した1986年から40年の節目を迎え、成田空港でセレモニーを開催。40年前を知る社員も登場し、当時の思い出を語った。

文:本誌編集部 写真:本誌編集部(特記以外)
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 ANAは3月3日、国際線就航40周年を記念するセレモニーを成田空港で開催した。

 長年、国内線を中心とした航空輸送を担っていたANAにとって、国際線への進出は悲願ともいえるものだった。アジア圏を中心としたチャーター便で実績を重ねたのちの1986年3月3日、初の国際定期便となる成田=グアム線の運航を開始した。ロッキードL-1011(トライスター)を使用しての運航だった。

左上/1986年3月3日当時の写真。成田空港ではチェックインカウンター、搭乗ゲートともに記念のパネルが掲げられた。右上/ANA国際線の歴史はトライスターで始まった。ドアが上にスライドする同機らしいシーン。下段2枚/折り返し便となるグアム発初便のチェックインカウンターと搭乗ゲート。(Photos:Konan Ase)
セレモニー会場にはANA国際線を振り返る写真パネルが飾られた。

 それから40年。2025年末までの累計搭乗者数は約1.7億名、2026年3月現在で40都市55路線と日本最大の国際線ネットワークを持つキャリアへ成長した。成田空港で開かれたセレモニーでは、就航当時を知り、ANA国際線を40年にわたって支えてきた“レジェンド社員3名”が登場。当時の熱気や苦労、未来への思いを聞くトークセッションが行なわれた。

レジェンドスタッフ3名と、その回りに集まる若手の社員。左の若手社員が着用する赤い制服は地上旅客スタッフの4代目制服だ。

 まずはボーイング787機長の徳永伸広さん。1986年に入社し、YS-11やボーイング747-400、エアバスA320なども経験してきたパイロットだ。思い出深いエピソードとして、1990年代に初めて国際線の乗務をしたときのことを挙げた。ボーイング747-400で成田からニューヨークのジョン・F・ケネディ空港への乗務であったという。

「すごく緊張していて、管制からのクリアランスで『Clear to John F Kennedy Airport』と言われたとき、その後、太平洋へ出て行くときの景色を見ながら、まさにフライトが始まると、身が引き締まる思いをした。一度離陸するとそこは別世界で、HF(短波)通信は聞こえにくいこともあって苦労した思い出がある。ただ、その苦労や経験の積み重ねが、今の運航に結び付いていると思っている」と語った。

 続いて、7代目の制服に身を包んだ、客室乗務員の中川美紀さん。1987年の入社以来、約3万時間の飛行時間を達成したという。当時の思い出として「All Nippon Airways――どこにもJapanという単語がなく、海外の空港で『どこの国の飛行機だ?』と言われたことを思い出す」とのエピソードを紹介。

 忘れがたい思い出として、「アメリカで到着を待っているときに、今か今かと到着を待っていて、青い翼が見えたときに『“Shining Bird”(輝く鳥)のようだ』とあるスタッフが言ったそう。私たちも海外でたくさんの方たちが準備をして待ってくださっていると感謝の気持ちが湧いてくる」と話し、客室乗務員の部門で伝えられる「小さなことほど丁寧に、当たり前のことほど真剣に」の言葉を大切に、今後もANAの歴史作りに尽力したいと話した。

 最後に、ライン整備士としてキャリアを重ねた内村昇一さん。オレンジの2代目制服をまとっての登場となった。「国内線は1時間から1時間半もすればメインベースに戻れるが、国際線の場合は長い時間を飛んで日本に戻さなければならない。安全運航に対する機材品質を維持する努力は日々しているが、それ以上に神経を使ったことを思い出す。また、長時間のフライトになるので、お客さまが利用される座席やエンターテインメントシステム、客室乗務員がサービスをするためのギャレー設備などの不具合がないよう、こちらも非常に神経を使っていた」と話し、「そうした努力が1日160便、3万人のお客さまに乗っていただいていることの礎になっているのでは」と回顧した。

40年の思い出とともに、今後のANAにつながるメッセージを送った3名のレジェンド社員。左から、パイロットの徳永伸広さん、客室乗務員の中川美紀さん、整備士の内村昇一さん。

 続いて、壇上にはANA代表取締役社長 井上慎一氏が登壇。「いまからちょうど40年前の1986年3月3日、ここ成田空港からグアムに向けて初めてのANA国際線定期便が飛び立った。当時、海外においてはANAを知る人も少なく、まさにゼロからの挑戦だった。その後の歩みも決して平坦ではなかった。国際線で初めて黒字を確保できたのは、定期便就航から18年経った2004年のこと」と切り出し、その後、SKYTRAXの5スター、APEXのWorld Classなどを獲得するに至ったことに対し、利用者や関係者へ感謝を述べた。

 将来に向けては、2029年の成田空港の拡張が首都圏一帯の空港として、近隣諸国の国際ハブ空港との競争を勝ち抜くチャンスであること、2024年に成田空港にオープンした第8貨物などを活用したアジアを代表するコンビネーションキャリアへの進化に意欲を見せたほか、「中東情勢などの地政学的リスクを注視するなかで、一便一便の安全を守り抜く重責を改めて痛感している。そんな困難な時代に、確かな安全を持って繋ぎ続けることの意義を、改めて胸に深く刻んでいる」と続ける。

 そして、結びに「国際線定期便就航40周年は、私たちにとって新たな出発点。これからも安全運航を堅持し、お客さまに寄り添った高品質なサービスを磨き続け、皆さまの心の翼となれるよう力を尽くしていく」と締めくくった。

ANA代表取締役社長の井上慎一氏。

 その後、国土交通省 東京航空局 成田空港事務所長 中村文俊氏、成田国際空港 代表取締役社長 藤井直樹氏が来賓として挨拶。両氏は日本の航空輸送、成田空港発着便の中核を成す存在であるANAへの感謝や、今後の国際線規模拡大への期待を語った。

 そのほか、搭乗ゲートでは、千葉県銚子市の無形民俗文化財である銚子はね太鼓によるパフォーマンスや、セレモニー会場となった54番ゲートから出発するパース行きNH881便の搭乗者へ記念品の配付が行なわれた。

登壇者が集まっての記念撮影。
銚子はね太鼓によるパフォーマンス。
井上社長も思い切りバチを打った。
搭乗ゲートで記念品を配付する井上社長。向かって左隣にはANA成田空港支店長 上席執行役員の小山田亜希子氏。
配付された記念品。

 さらにランプにはグループスタッフ約30名が集合。セレモニーに参加したレジェンド社員らも一緒になって、パースへと出発する同便を横断幕を持って見送った。

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