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音速の影響を減らし、横安定も強化する後退翼の設計 ~ 連載【月刊エアライン副読本】

文:阿施光南 写真:阿施光南
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【連載】ヒコーキがもっと面白くなる! 月刊エアライン副読本
「空のエンターテインメント・メディア」として航空ファンの皆さまの好奇心と探究心にお応えすべく、航空の最前線、最先端技術などを伝えている月刊エアライン。そんな弊誌でテクニカルな記事や現場のレポートを中心に執筆に携わる阿施光南氏が、専門用語やテクノロジーをやさしく紹介するオリジナルコラムです。

音速の影響を減らし、横安定も強化する後退翼にも欠点が。
音速の影響を減らし、横安定も強化する後退翼にも欠点が。

 ほとんどのジェット旅客機の主翼には、後退角がついている。こうした翼を後退翼という。

 速度が音速に近づくとどんどん抵抗が大きくなり、さらには衝撃波が発生する。もちろん抵抗を上まわるパワーで音速を超えることもできるが、そのためには多くの燃料を消費する。だから現代のジェット旅客機は、燃料消費の少ない音速以下(亜音速)の範囲で、できるだけ速く経済的に飛ぶことをめざしている。そして翼に後退角をつけると、より速い速度まで音速の影響が出ないようにすることができる。

多くの旅客機は前縁と後縁が平行ではないため、後退角という場合には前縁から25%のラインの角度を示すのが普通だ。
多くの旅客機は前縁と後縁が平行ではないため、後退角という場合には前縁から25%のラインの角度を示すのが普通だ。

 後退角をつけることによって、音速の影響が出る速度を後退角の「1/コサイン」程度まで速くすることができるとされている。

 たとえば後退角が30度ならば(cos30度は約0.87だから、1/コサインは約1.15となって)、後退角がない場合よりも約1.15倍まで速度を上げられる。後退角45度ならば1.4倍だ。なんとも便利なようだが、後退翼にも欠点はある。

エアバスA400Mは、プロペラ機ながら780km/hという高速で巡航できるよう主翼には15度の後退角がつけられている。
エアバスA400Mは、プロペラ機ながら780km/hという高速で巡航できるよう主翼には15度の後退角がつけられている。さらに日本にも就航していたツポレフTu-114はジェット機なみの870km/hという速度を誇ったため、主翼にも35度という大きな後退角がつけられた。

 たとえば後退角には横安定を強める効果があるが、これは迎角が大きいときほど強くなる。ところが飛行機の安定性は、横安定だけでなく機体全体のバランスも大切だから、横安定だけ強くなるとむしろじゃじゃ馬のように扱いにくい機体になってしまう。

 迎角が大きいときというのはたいていは離着陸のような低速時だから、後退角が大きな飛行機は離着陸がむずかしくなる傾向がある。

737NGの派生型であるP-8哨戒機。
737NGの派生型であるP-8哨戒機。後退翼では主翼上面の低圧部が翼端に向けて後方に移動していくため、気流は翼端部に向けて流されていく。

 また後退翼は翼端失速を起こしやすく、翼端失速を起こした場合には危険な状態に陥りやすい。

 飛行機の主翼は上面の圧力が低くなることで揚力を発生するが、後退翼ではこうした低圧部が翼端に向かって斜め後方に伸びることになる。こうした低圧部に引き寄せられるように、主翼上面の気流は翼端方向に曲げられる。こうして翼の上を流れる距離が長くなることで気流はエネルギーを失い、翼面からはがれやすく、つまり失速しやすくなってしまうのである。

旅客機の重心は主脚のやや前方にある。
旅客機の重心は主脚のやや前方にある。翼端はそれよりずっと後方にあるため、ここが失速すると急激に機首を上げることになる。

 翼端が失速すると、まずは左右の姿勢をコントロールするためのエルロンが効かなくなってしまう。そして後退翼の場合は、重心よりも後方の揚力が失われることになるために機首が上がってしまう。失速から回復するためには機首を下げて迎角を小さくするのが基本なのに、その逆方向の力が働いてしまうのだ。多くのジェット旅客機が外翼部に失速しにくくするスラットを装備しているのは、こうした翼端失速を防ぐためでもある。

A350はエンジンより内側の主翼前縁にドループノーズ、外側には失速を防止するためのスラットを装備している。
A350はエンジンより内側の主翼前縁にドループノーズ、外側には失速を防止するためのスラットを装備している。

 さらに同じ翼面積でも後退角をつけることで翼幅が小さくなって(アスペクト比が小さくなって)、誘導抗力が大きくなってしまう。そこで旅客機の設計者は、小さな後退角でも高速で飛べるような翼型を工夫している。

35度の後退角を持つMiG-15は主翼上面にフェンスを立てて、翼端に向かおうとする気流の流れを抑制している。
35度の後退角を持つMiG-15は主翼上面にフェンスを立てて、翼端に向かおうとする気流の流れを抑制している。

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