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747-200Bで太平洋路線へ進出。ANA国際線発展の礎となった、成田=ロサンゼルス線40周年

ANAの成田=ロサンゼルス線が開設40周年を迎えた。1986年7月16日に同社初の太平洋路線として就航。ボーイング747-200Bを導入し、ANAの国際線の黎明期にあって、本格的な国際線進出を強く印象付けた象徴的な路線だ。

文:多和田新也(編集部) 写真:多和田新也(編集部)※特記以外
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就航時のセレモニーに使われた装飾を模したフォトスポットを用意。左から現在の地上旅客スタッフ、1986年当時の地上旅客スタッフ、当時の客室乗務員、現在の整備士、現在のグランドハンドリングスタッフの制服を着たスタッフも集まった。

 ANAは7月16日、成田=ロサンゼルス線の開設40周年を記念したセレモニーを成田空港で開催した。

 1986年3月3日に悲願であった国際定期便として成田=グアム線に就航したANAが、2番目の路線として1986年7月16日に開設したのが成田=ロサンゼルス線である。

 太平洋路線に進出したのはもちろん、この長距離国際線に就航するために、新たにボーイング747-200B(747LR)を導入したことも特筆される。「スリーパーシート」と名付けられた24席のファーストクラスに加え、「スーパー・エグゼクティブ・クラス」と名付けられた80席のビジネスクラス、211席のエコノミークラスというキャビン仕様。特にスーパー・エグゼクティブ・クラスはアッパーデッキが2-2、メインデッキが2-2-2という当時の747のビジネスクラスとしては最先端であった横6席の配置に、約1m(96.5cm)の通路幅を有する、ゆとりのある空間をアピールした。

 この747LRは、1986年7月26日にANA国際定期便の3番目の路線として開設されることになる成田=ワシントンD.C.線にも使用され、1991年に747-400が導入されるまでの5年間にわたって、国際線に乗り出したばかりの「ANA」を世界にアピールする機材として活躍することになったのである。

ロサンゼルス線、ワシントンD.C.線へ就航した当時のパンフレット。ANAはこの長距離国際線へ就航するためにボーイング747-200Bを導入。いずれも直行便である。(Image:ANA)
メインデッキ前方に設けられたファーストクラスは24席。「スリーパーシート」と名付けられていた。(Image:ANA)
当時としては画期的だった横6席のビジネスクラス「スーパー・エグゼクティブ・クラス」。通路幅が約1m(96.5cm)と、見るからにゆとりのある空間を提供していた。(Image:ANA)

 東京=ロサンゼルス線という視点でいえば、羽田空港の再国際化元年となった2010年に羽田=ロサンゼルス線も開設。現在は羽田=ロサンゼルス線がボーイング787-8と787-9による1日2便、成田=ロサンゼルス線が787-9による1日1便の運航体制となっている。

 ANA成田空港支店長の立石文恵氏は、「羽田に多くがシフトしているが、成田が三国間流動に乗り継ぎがしやすい。今後の成田の拡張に向けても、アメリカ本土へのフライトを増やしていけるように頑張りたい」と述べる。7月16日のNH6便も8割ほどが外国籍の乗客であるというが、「パスポートも取りやすくなっているなど、旅行需要をしっかりと取り込んでまいりたい」と日本人によるアウトバウンド利用の取り込みにも意欲を見せた。

NH6便搭乗ゲートの前で行なわれたフォトセッション。中央左がANA成田空港支店長の立石文恵氏。うなりくん、そらっち、クウタンも登場した。
搭乗客には、成田=ロサンゼルス線開設40周年を記念したラゲッジタグやステッカー、記念便への搭乗証明書が配付された。
搭乗者一人ひとりに記念品をプレゼント。

 この40周年記念便となったNH6便の搭乗ゲートでは、当時の客室乗務員、地上旅客スタッフの制服を着用したスタッフも登場。就航日に掲げられた記念ゲートを模したフォトブースで、当時の趣で撮影することができるコーナーが設けられた。

 また、フォトセッションには成田市観光キャラクターのうなりくん、成田空港公式キャラクターのクウタン、ANA公式SNSマスコットキャラクターのそらっちも登場。現在の地上旅客スタッフ、整備士、グランドハンドリングの制服を着用したスタッフも集まり記念撮影が行なわれた。

 ランプでも多くのスタッフが横断幕を持って集合。199名(幼児1名を含む)を乗せロサンゼルスへ向かうボーイング787-9を見送った。

ランプにも開設40周年を祝う横断幕を持ったスタッフが集合。
出発時にはパイロットも見送りに応える。
ロサンゼルスへ向けて出発するNH6便を盛大に送り出した。

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