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時代の変化に合わせるだけ――ZIPAIR 深田社長に訊く、ニューベーシック・エアラインが空で実現する“地上の当たり前”

文:多和田新也(編集部) 写真:多和田新也(編集部)
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連載「大空を紡ぐトップの針路 ~航空業界のリーダーに訊く」
 空から地上まで、多様な場所で多様な業種が織りなす航空業界。本連載では、業界を牽引するさまざまな企業のトップへのインタビューを通じて、各社の現在地と目指すべき未来の姿に迫ります。

 航空業界の未来を見通すべく、関連企業や団体のリーダーにインタビューをしていく本連載。第3回は、国際線中長距離LCCという独自の領域を切り拓き、成長を続けるZIPAIR Tokyoの深田康裕社長である。

 2025年4月に代表取締役社長へ就任した深田康裕氏は、JALでの準備室からZIPAIRの立ち上げに参画。就航直後のコロナ禍という未曾有の危機を乗り越え、急成長を遂げている。「時代の変化に合わせる」という経営哲学のもと、同社が目指す「新幹線のようなエアライン」の真意と今後の路線・組織戦略を訊いた。

Leader 03:

株式会社ZIPAIR Tokyo 代表取締役社長

深田 康裕氏

1991年にJAL入社。大阪での予約業務やダイヤ作成業務などを経て、2007年にシンガポール支店に総務部長として駐在。その後、路線事業企画部、マーケティング戦略部で、2017年10月から新航空会社の準備室に配属され、2018年7月の株式会社ティー・ビー・エル(2019年3月に株式会社ZIPAIR Tokyoに社名変更)設立に携わる。企画マーケティング部長、取締役を歴任し、2026年4月1日から現職。

JAL時代の経験と「変化に適応する」経営哲学

Q:JALではどのような業務を経験されてきたのでしょうか?

深田氏:最初は大阪での予約業務に就きました。ちょうど関西空港が開港するタイミングでした。その後、本社へ移り、国際線の機材運用やダイヤ作成、経営企画に携わり、2007年からはシンガポール支店に赴任しました。そのときにJALの経営破綻という経験もしています。その後はマーケティングを長くやっていました。

 2017年10月に、当時の植木(義晴)社長のもとで「JALがやっていない領域をやろう」と新会社を作る準備室ができて、そこに配属されました。最初はたった3人からのスタートでした。まさにガレージからスタートしたAppleやGoogleのような状態ですよ(笑)。そこから西田(前社長)が加わって、2018年に会社(株式会社ティー・ビー・エル、のち株式会社ZIPAIR Tokyoに社名変更)を立ち上げて今に至ります。

Q:ご自身の性格や、経営者としての「譲れない軸」はどこにありますか?

深田氏:社内の人や周りからはまったくそのように見られないのですが、自分では「慎重なタイプ」だと思っています。勝てるシミュレーションが頭の中で完全に終わるまで、徹底的に調べるし、準備をします。

 経営の根底にあるのは「時代の変化に確実に体を合わせていく」ということです。社員にもよく話すのですが、ダーウィンの進化論と同じで「一番強いやつや優れたやつじゃなくて、変化に合わせられるやつだけが生き残る」んですよ。業界の常識だからやる、目新しいからやるのではなくて、世の中が支持しているから過去の常識と違うことにも踏み込んでいく。ただそれだけです。

Q:2020年5月の就航直後は、まさにコロナ禍の真っただ中でした。当時の現場はどんな状況でしたか?

深田氏:あの時はまさに最悪でしたね(笑) 成田空港の第1ターミナルにも人っ子一人いないわけです。でも、ZIPAIRを信じて飛び込んできてくれた客室乗務員やパイロットたちを路頭に迷わせるわけにはいきません。

 そこで、ボーイング787の輸送力を活かした貨物便で就航して、なんとか乗り切ろうとしました。客室乗務員たちも、旅客が乗らない時期に地上の機体で訓練をしたり、マニュアルを作ったり、練習を重ねることができました。先行きが真っ暗ななかで歯を食いしばる思いでしたけど、振り返ればあの期間があったからこそ、会社としての習熟度も上げられましたし、結果的に時間を有効に使えたと思っています。

大谷効果でつかんだニューベーシックへの手応え

Q:手応えを掴み始めたのはいつごろでしょうか?

深田氏:一つのターニングポイントは2022年の夏ですね。当時エンゼルスの大谷翔平選手が大活躍した時期で、ZIPAIRのロサンゼルス線の運賃(当時は片道3万円程度)なら、「夏休みにお父さんと子供で一泊だけでも大谷観に行こうか」というような動きが起きたのです。

 “推し活”のように、「好きなものには使うけど、それ以外は無駄を省きたい」というタイパ・コスパの時代になっています。飛行機はあくまで“足”です。自分に必要なものだけ選ぶというZIPAIRのコンセプト、ニューベーシックが、時代の空気とバチッとハマった瞬間でした。そこから一気に勢いがつきましたね。

Q:有料の機内食や無料のWi-Fiなど、提供するサービスはどのように決められていったのでしょうか?

深田氏:機内食を配られたら、お腹いっぱいでも「もらわなきゃ損」と思って受け取っちゃうでしょ? でも、「食事いらないなら1,000円安くします」と言われたら、1,000円を選ぶ人もいると思います。僕自身が“小市民の典型”だから分かるんです(笑)。

 スマホ時代になって、電車に乗っても多くの人がスマホの画面を見ています。機内も自分のスマホで好きな動画を観られればいいのですから、「座席モニターって本当にいるの?」と考えたわけです。モニターは実は結構高価ですので、それを外したぶんで“全席無料Wi-Fi”をつければ差し引きゼロで、お客さまはハッピーになれると思ったのです。

 当時のLCCは値段は安いがサービスはない、インターネットも当然ない、という状態でしたが、ZIPAIRは長距離路線が多く、いわゆる“時間を潰して”いただかないといけない。そこで、自由にインターネットができる環境を整えました。フルサービスで感じる満足感を、異なる手法で提供しているのです。

 新幹線は座席にモニターはないし、ご飯も出ませんが、Wi-Fiで仕事ができますし、ご飯が必要なら自分で選んで駅弁を買えます。ZIPAIRはあの感覚で使ってもらえればいいなと思っています。

Q:全機に導入が完了したスターリンクについても話題になっていますね。

深田氏:スターリンクは空の世界で“最後のゲームチェンジャー”だと思っています。今まで飛行機のなかって、地上と同じことができない“聖域”でした。そこに通信が入ってきた。

 スターリンクの導入に対して、「すごいイノベーションですね」と言われるのですが、エアラインがブロックチェーンを発明する必要はありません。地上で当たり前にできている体験を、そのまま機内でもできるようにする。ZIPAIRの仕事は、地上でできた技術を持ち込む「タイムマシン」だと考えています。「つながらないのはしょうがない」という業界の言い訳をなくしたのが、スターリンクだと思っています。

Q:中国上空など「一部エリアでつながらない時間がある」という懸念についてはどう考えていますか?

深田氏:そこは割り切っています。「できないことは、できないとお客さまに言えるエアラインにしたい」とも思っていますので、「この時間だけ使えません、ごめんなさい!」と理解を求めていくことになるでしょう。

 以前の衛星通信であっても、アラスカの上空など通じないエリアはありました。価格を安く抑えているからこそ、誠意を持って「ここはご理解ください」と伝える。そういうスタイルで進めたいと思っていますし、数年経てばまた技術が変わって解決する可能性もあります。

ZIPAIR機に搭載されたスターリンクのアンテナ。

最優先は今後もアメリカとアジア。流動の大きさと機数増加で挑む路線戦略

Q:10月に就航するクアラルンプールについてどう見ていますか?

深田氏:東南アジアは今、成長が本当に著しいエリアです。トップのシンガポール、タイに続くのがマレーシアだと思っています。かつてマハティール首相のもとで進められたルックイースト政策が、今まさに大きく花開いている印象ですね。

 日本からの留学生や企業の進出、さらには「子供を海外で育てる」といった親子留学のパターンがものすごく増えています。かつてはシンガポールに行っていた層が、リビングコストの面からマレーシアを選ぶケースも目立ちます。

 また、観光だけではなく、留学・ビジネス移住・親族訪問といった、目的を持った移動(VFR)の需要が確実に存在します。自分に必要なものだけを選ぶ我々の“足に徹する”モデルは、こうした層にぴったりハマります。

Q:今後、新規就航や増便など路線拡張をしていく際の「優先度が高い地域」はどこになりますか?

深田氏:基本的には今までどおり、アメリカとアジアが最優先です。20機規模になるまでは、この2つのエリアだけでもまだまだ足りないくらいやりたい場所がたくさんあります。

ヨーロッパは飛ばさないの? とよく聞かれますが、今の情勢ではロシア上空を通れず、コストパフォーマンスがわるくなってしまう。平和に安定して飛ばせるようになるまでは、ヨーロッパはまだ先だと思っています。まずはアジアとアメリカの太平洋路線を中心に、アメリカ東海岸も含めて視野に入れ、優先順位をつけています。

Q:新規就航・増便といった路線拡張を決める際の判断基準は何でしょうか?

深田氏:基準はシンプルで「流動が大きいこと(=旅客の数が多いこと)」です。ビジネス路線だから云々というより、まずはイン/アウト含めて人の動きが大きい場所を選びます。

 なぜなら、ZIPAIRは、市場を独占しようとしているわけではなく、市場のなかの選択肢、オプションの一つとして存在する役割だからです。全体の流動さえ大きければ、我々の“足に徹する”スタイルを好んで選んでくださるお客さまの層も、事業として成り立つだけの十分な数が存在する、という考え方ですね。

Q:ボーイング787-8および787-9の増機予定を教えてください。

深田氏:計画通り、この2026年秋に9号機、年明け以降に10号機が入ってくる予定で、10機体制が整います。ボーイング側からも計画通り進むと聞いています。

Q:787-8と787-9はどのように使い分ける方針でしょうか?

深田氏:実は、787-8だから、787-9だから、というこだわりはあまり持っていません。もちろん、超長距離路線でフルフラット座席の需要が高い場所なら、キャパシティの大きい787-9の方がフィットする可能性はあります。ただ、基本的には機材繰りの観点が大きく、787-9が入るまで東海岸に行かない、といった制限もかけていません。

 それよりも大切なのは“機数”ですね。11号機、12号機と全体の機数が増えることで、長距離路線を飛ばす際にも機材繰りの柔軟性を持てるようになります。

ZIPAIRが運航するボーイング787-8。2026年度内に10機から12機へ増機。2027年度以降はボーイング787-9も導入する計画。

ZIPAIR社員によるZIPAIRの運営へ。現場と地上の垣根を越え描く未来像

Q:社長就任時に語られた「これまでの流れを発展させていく」という主旨の言葉について、就任から半年ほど経ったいまも同じ考えでしょうか?

深田氏:変わりありません。2030年代初頭に向けて20機体制へと事業規模を倍増させていくなかで、これまでのFSC(フルサービスキャリア)の真似をするのではなく、「お客さまの足に徹する」、「必要なものだけ選んでもらう」というZIPAIR創立時からのコンセプトを、ブレずに大きくしていくということです。

 そのなかで大きな変化があるとすれば、ZIPAIR社員によるZIPAIR運営へのシフトです。立ち上げ初期は私を含めてJALからの出向者に頼る部分が大きかったのですが、これからのフェーズは、ZIPAIRのプロパー社員たちが自分たちの手で会社を動かし、自立していくタイミングです。

 例えば現在、客室乗務員が月に数日、マーケティングや経理の伝票処理といったオフィスワークを行なう取り組みを実施しています。現場のリアルを知る社員がバックオフィス業務に関わることで、「ここをもっとこう改善できるのでは」という現場の暗黙知が、どんどん形式知化につながっていきます。単に規模を大きくするだけでなく、自立した社員の手によって、会社運営そのものをブラッシュアップしていくことこそが、私たちが目指す発展の形です。

Q:深田社長がZIPAIRのスタッフに求めている姿勢やスキルについて教えてください。

深田氏:一言で言えば、「プロアクティブに、自律して動けること」です。誰かに指示されたから動くのではなく、好奇心を持って自分からアクションを起こせる人であってほしいと思っています。

 現場のサービスでいえば、あえて一番難しいことを求めています。例えば、「そっとしておいてほしい」というお客さまも多いなかで、マニュアル通りにサービスを提供するのではなく、お客さまの様子を見て、必要な時にすっと寄り添うという臨機応変な判断ができることが大切です。

 「客室乗務員だからこれはやらない」「地上職だから現場は関係ない」といったセクショナリズムや垣根を取り払い、アンテナを高く張って自ら考え、柔軟に動ける人材が増えていくことを期待しています。

Q:最後に、これからのZIPAIRのビジョンをお聞かせください。

深田氏:事業規模や売上数字ももちろん大切ですが、それ以上に「社員が楽しく働けて、自分の会社が好きだと言える会社」で成長していきたいです。

 会社が社員を愛して、社員からも愛される。そういう土台があってこそ、お客さまにも本当に喜んでもらえるサービスができると思っています。時代の変化に柔軟に合わせながら、これからも独自の道を突き進んでいきます。

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