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エンジンは飛ばすためのものではない ~ 連載【月刊エアライン副読本】

文:阿施光南 写真:阿施光南
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【連載】ヒコーキがもっと面白くなる! 月刊エアライン副読本
「空のエンターテインメント・メディア」として航空ファンの皆さまの好奇心と探究心にお応えすべく、航空の最前線、最先端技術などを伝えている月刊エアライン。そんな弊誌でテクニカルな記事や現場のレポートを中心に執筆に携わる阿施光南氏が、専門用語やテクノロジーをやさしく紹介するオリジナルコラムです。

エンジンは前進するためのもの

 いくつかの例外はあるが、飛行機のエンジンは「飛ばす」ためではなく「前に進む」ためについている。当たりまえのことではあるが、すごいことではないか。前に進めるだけならば、自動車のエンジンと同じだ。それでも飛行機は、飛んでしまうのだ。

 前に進める力は「推力」という。前に進むと空気抵抗が発生するが、これを「抗力」という。スピードが速くなるほど抗力も大きくなるから、高速で進むためには大きな推力が必要になる。そして推力と抗力が同じ(釣り合っている)ときには、飛行機は加速も減速もしない。また飛行機を飛ばす力は「揚力」という。揚力が飛行機の重さ、つまり「重力」よりも大きくなったならば飛行機は離陸して上昇できる。揚力と重力が釣り合っているときには高度は一定になる。

エンジンの噴流を伸ばしながら力強く離陸するA350。
エンジンの噴流を伸ばしながら力強く離陸するA350。だがエンジンはただ前進させる推力を発生するだけで、飛行機を飛ばす揚力には直接的には寄与していない。

 揚力を発生するのは翼だ。とはいえ翼には複雑な「揚力発生装置」のようなメカニズムがあるわけではない。ただ、前に進むと風の力を受ける。そのうち上向きの成分が揚力で、後ろ向きの成分が抗力だ。風を受けるだけで揚力を発生するのだから、とても簡単だ。ただし、いつも都合のよい風が吹いているわけではないから、自ら前進することで風を受けなくてはならない。エンジンは、そのためについている。

 もちろん、翼の形は重要である。できるだけ小さな抗力で、大きな揚力を発生できる形にしたい。それを徹底的に追求した結果、効率のよい翼の揚力と抗力の割合(揚抗比)は100を超えるほどになった。これは抗力(=推力)の100倍以上の重さを支える揚力を発生できることを意味する。現実には胴体やエンジンの抵抗、翼端の影響(圧力の高い下面から上面に逃げる空気の流れて効率がわるくなる)などで揚抗比はずっと低くなり、ジェット旅客機では15から20程度になってしまうが、これでも十分にすごいだろう。

 また旅客機には、離陸時の加速や上昇、あるいはエンジン故障時の備えて、さらに大きな推力のエンジンが装備される。それにしても、総重量575トンのA380を4発あわせた総推力150トン程度のエンジンで飛ばせてしまうのだから、翼はお得な装置である。

垂直離着陸(VTOL)試作機として1967年に初飛行したドルニエDo31。
垂直離着陸(VTOL)試作機として1967年に初飛行したドルニエDo31。ハリアー攻撃機と同じペガサスエンジン×2発に加えて翼端にリフトエンジン計8発を装備したが、VTOL時の最大離陸重量はQ400やCRJ200よりも小さい21トンにすぎない。滑走路が必要ないとはいっても、揚力に頼らずエンジンの力だけで飛ぼうとすると非常に効率はわるい。Do31の開発も中止された。
エンジンの有無は「飛べるか、飛べないか」には関係がない。グライダーは離陸時のみ他の力(曳航機やウインチ)を必要とするが、あとはエンジンなしで飛行できる。
エンジンの有無は「飛べるか、飛べないか」には関係がない。グライダーは離陸時のみ他の力(曳航機やウインチ)を必要とするが、あとはエンジンなしで飛行できる。
飛行機(F-86戦闘機)のターボジェットエンジンを積んだスピリット・オブ・アメリカ
飛行機(F-86戦闘機)のターボジェットエンジンを積んだスピリット・オブ・アメリカは、1964年に846km/hを記録したが飛ぶことはできない。

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