連載

悪天候で揺れた香港へのフライト 〜 連載【パイロットが乗客に! マニアック搭乗記】

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エアバスの最新キャビン「Airspace」を採用した機内

 頭上のOHS(Over Head Stowage、手荷物収納棚)はとても大きく、一般的な機内持ち込みサイズのスーツケースが縦に入るほどです。またOHSには通路歩行の助けとしてハンドレールが装備されているところも非常にユーザーフレンドリーな印象を受けます。エコノミーの座席は一般的な3-3-3でも座席幅に余裕があり、とても快適です。

 またA350の先進的な部分のひとつとして、ノースモーキング/シートベルト着用サインが液晶表示であることが挙げられます。従来のバックライトタイプと比べるとコントラストが低く、しっかり見ないと表示を確認できないのがたまにキズですが、例えば電子機器使用禁止の表示もできるなど、航空会社ごとに特徴が現れる場所でもありそうです。

 さらにこのCX597に使用されたA350-900のパーソナルモニターは大画面かつ多機能、しかもストレスフリーな操作感覚でとても優秀だと感じます。機外カメラも2か所設置され、コクピットの計器の様子を疑似体験できる人気の機能ももちろん搭載しています。Wi-FiやBluetoothも使用可能で、長時間フライトも苦にならないですね

大型の個人用画面ではこのようにパイロット気分を味わえる表示も。地形や都市名も表示され、雲中飛行でも楽しめます。

 そして折りたたみテーブルの上部にもドリンクやタブレットのホルダーが格納されていて、機内エンターテイメントを見ずに自分が気に入った動画をダウンロードして視聴したいニーズにもしっかり対応しています。実際、自分のスマホで動画を視聴している乗客が何名もいました。

 一般的にエコノミークラスがある機体後方は騒音が比較的大きいのですが、A350は非常に静かに感じます。ひと昔前の機種となった747などと比べると雲泥の差です。また同様に比較的揺れの大きいキャビン後方ですが、長胴機特有のお尻を振る動きはたまに見られるものの、概して前半はスムーズな印象です。この小さな揺れも大型機特有の「ゆさゆさ」した体感が心地よく感じます。

国際線の楽しみのひとつは機内食ですね。会社ごとに特徴があるのも面白いところで、今回はまさにイギリスの朝食そのものという雰囲気のメニューを選択しました。

後半は揺れが続くフライトに

 しかし予想通り、沖縄付近で軽い揺れが入り始めたことを皮切りに、台湾上空では発達した雲の上部にかかり、やや強めの揺れが入り始めるとともにシートベルト着用サインがオンになります。その後着陸まで、シートベルト着用サインは2時間弱ずっと点灯していました。パイロットとしては、シートベルト着用サインを何とか消灯してお客様にお手洗いを使用していただいたり、客室乗務員がサービスを続けられるように色々と工夫するのですが、今回はどうしようもない状況です。

 そして台湾の南〜厦門沖あたりからは完全に雲中飛行となり、かなり強い揺れが続きます。もちろんこんな揺れともなればキャビンクルーも着席。降下開始直後も完全に積乱雲によると思われる揺れが続き、たまに強いマイナスGを感じるほどの激しい揺れに遭遇しました。それでもトイレに立とうとする乗客が何名もいて、その都度CAが止めます。シートベルト着用サインは乗員、乗客ともに絶対守る日本に対し、外国ではその運用がマチマチで、乗客も混乱している様子が見て取れます。このことについては、後で説明します。

香港への到着直前には不自然な航跡が。おそらく混雑によるものでしょうが、自分がフライトしたルートを機内で1人ずつ選択して見られるというのもひと昔前では考えられなかったことです。

 幸いにも3万フィート以下では軽い揺れのみとなり、着陸準備も滞りなく行なわれました。着陸30分前となり、客室乗務員への着陸準備の指示とともにいっせいに乗客がお手洗いへと向かいます。しかし依然としてシートベルト着用サインは点灯したままでした。

 しかしフライトマップを見ていても香港国際空港が混雑していることは一目瞭然で、手前で針路を振られたりホールドに入ったりと予定より長い経路を飛ばされています。しばらくしていよいよ着陸の最終段階になりますが、ファイナルに入った当初は積乱雲の影響で視程が悪く、またラフエアも続き、飛行機をファイナルパス(最終進入経路)に乗せるため必死に機体を制御していることがわかります。

 およそ3,000フィートで雲を抜け気流が落ち着くと、2,000フィートまでに着陸フラップを全て展張。予想に反するスムーズな気流のもと、香港国際空港のRWY25Rに若干強めに着陸しました。あとでデータを見ると、強風が予想される時間帯は当機の着陸よりも遅い時間に変更されていて、着陸時の風速は10ノット未満であったようです。

 着陸後は長いタキシングのため、最近流行りのシングルエンジンタキシー(片方のエンジンのみで地上走行すること)で燃料を節約します。No.1エンジンをシャットダウンしてゲートへ向かい、定刻より約20分遅れでブロックインしました。

今回の飛行ルートを、フライト後にFlightradar24で確認。その航跡からもパイロットの苦心が見て取れます。
Image: Courtesy of
Flightradar24.com ※赤字は編集部で加筆
キャセイのA350に装備される機首カメラの映像です。パイロット的には結構前が気になるフェーズで、着陸間際のこの映像は特に私のお気に入りです。

キャセイのシートベルトサインの運用

 フライト中に日本人客室乗務員の方とお話をする機会があったので、シートベルトサインが点灯しているのに客室乗務員や乗客が動き回るのは何故か聞いたところ、キャセイパシフィック航空ではシートベルト着用の運用に関して3段階に分かれているということでした。

 強い揺れのため絶対に立ってはならない場合や客室乗務員のみが動ける場合など、状況に応じて対応しているようです。日本の航空会社に乗る外国人が、シートベルト着用サイン点灯中でも座席を立とうとする理由が少し解明できたのですが、キャセイパシフィック航空でも原則として、ベルト着用サイン点灯中は乗客は立ってはならないことになっているそうです。自分の身を守るため、どの国においてもベルト着用サインに従って行動していただきたいと、飛行機の安全運航に最終的な責任を持つ機長である筆者としてはお願いしたいところです。

到着して入国審査に向かう通路。窓から見える航空機や施設案内サインからも外国を感じ取ることができます。

キャセイ機が並ぶ香港国際空港に到着

 今回はフライト後半、積乱雲発達による大きな揺れがあるエリアが長かったことで、普段とは違うオペレーションを見ることができました。大型機のA350といえども大きく揺れるときは揺れます。乗客は冷静に座っておられましたが、さすがにマイナスGがかかると一様に驚いた様子でした。

 最新鋭であるA350の快適な機内環境はやはり長距離路線にうってつけだと思いましたが、揺れが長く続く機内というのはやはり辛いものだということを再認識し、「自分ならこんなときどうするんだろう?」と色々考えながら、良い勉強になるフライトでした。

香港の空港はとても広く、開放的です。旅のワクワクが感じられる、そんな場所ですね。少し立ち止まって空港を行き交う人々を眺めるのも面白いと思います。
普段、飛行機の一番前にあるコクピットに座るパイロット。そんなパイロットは乗客としてキャビンに乗っても、フライトのことが気になってしまうもの。 本連載ではパイロットが1人の乗客として海外エアラインのフライトに搭乗。乗客として得られる限られた情報からフライトの出来事を予想したり解説したりしていくとともに、日本の航空会社との違いや機体の特徴などに着目するという、パイロットならではのマニアックな視点からのフライトレポートをお届けする。第1回はキャセイパシフィック航空のA350に乗って、関空から香港へ向かった。