特集/本誌より
ソラシドエア出身者初の女性一等航空整備士が誕生。その現場業務と整備士にかける思い【後編】
業界全体で女性のなり手が少ない整備士を目指した原体験から、資格取得までの苦労。そして社内におけるサポート制度に関して、ソラシドエア出身女性初の航空一等整備士となった田平友実子さん、教官として取得をサポートしてきた別府由香里さんに話をうかがった。
目次
田平友実子さん
株式会社リージョナルプラスウイングス
整備事業室 整備部 羽田チーム 3
2019年度ソラシドエア入社。入社後、整備現場業務を担当。2022年よりラインサポート生産管理(ステーションやオペレーション・ディレクターと機材繰りを調整する業務)にも従事するようになる。2022年8月にボーイング737の一等航空運航整備士、2025年8月にボーイング737の一等航空整備士の資格を取得。
別府由香里さん
株式会社リージョナルプラスウイングス
整備事業室 整備部 羽田チーム 1 サブリーダー
2010年度AIRDO入社。入社後から整備現場業務を担当。新入社員教育にも携わった。2022~2024年にANA教育訓練部専門訓練チームへ出向後、ボーイング737の資格者養成に従事し、2024年4月に帰任。現在も教官として養成に関わっている。2013年にボーイング767の一等航空運航整備士、2014年にボーイング737の一等航空運航整備士、2016年にボーイング737の一等航空整備士、2018年にボーイング767の一等航空整備士の資格を取得。
飛行機に一番近い場所で働けるのが魅力
日々の安全運航に欠かせない整備士の存在。スポットに機材到着後から、次の出発までの短い時間内でランプエリアでテキパキと点検し、不具合箇所を修復する“ライン整備”と呼ばれる業務を行なう姿を見かけたことがある人も多いはずだ。
整備士の国家資格には、大きく分けて、日々の運航間の点検などを行なう運航整備士と、機材全体の整備を行なう航空整備士がある。その取得には膨大な量の高度な専門知識に加え、機材の型式別にライセンスが必要だ。特に、最上位資格である一等航空整備士は、合格率約20%とも言われるほどの難関と言われる。その狭き門に挑戦し、2025年8月にソラシドエア出身者で初の一等航空女性整備士となったのが、リージョナルプラスウイングスの田平友実子さんだ。
航空業界では、整備士の女性のなり手が約5.1%という状況。RPWの現場整備士211名中、女性は15名だという。その一人である田平さんは、幼少時の原体験が航空業界を目指すきっかけになったと話す。
「父方の出身地である山口県への帰省のため、よく飛行場や飛行機を利用していました。その時点で空港で働きたい思いが強かったのですが、中学生の時に授業で航空整備士という職業を知り、目指すことにしました。なによりも“飛行機の一番近くで仕事ができる業種”であることが魅力でした」と話す。
岐阜県や埼玉県など航空系専門学校のオープンキャンパスへ軒並み足を運び、最終的に 新千歳空港にキャンパスを持つ日本航空大学校 北海道(当時は日本航空専門学校)に入学。3年間の学生&寮生活を経て、2019年度にソラシドエアに入社した。
「ジェット旅客機の整備は初めてでしたので単純に大きい! という驚きと同時に、実際にエンジンやパネルの構造を間近で見た時の感動は今でも覚えています」
資格取得のため、数年間は重要な試験の連続
運航整備士は養成期間として約2〜3年、航空整備士は約5年と言われ、RPWでは入社後、資格取得のための訓練期間がスケジューリングされている。まずは基礎と新入社員訓練。続いて整備員資格取得に約1年弱、その後、一等航空運航整備士資格取得を目指し、座学ならびに実機での位置確認やオペレーションを経て試験に挑むという。
上記資格取得後は、一等航空運航整備士の実務をこなしながら、一等航空整備士の資格取得を目指す。なお、学科試験合格から2年以内に実地試験の受験が必要で、社内試験や、訓練施設への入所試験(RPWの場合はANAに委託し、ANA Blue Baseで訓練が行なわれることになる)を経て専門的な知識と技術を高めていく。故障探究からエンジンオペレーションまでをフライトシュミレーター訓練まで網羅し、技能審査とその後の航空局の実地試験が一番のピークに。まさに「ひっきりなしに重要な試験が待ち構える日々」(田平さん)なのだ。
なお、一等航空運航整備士と一等航空整備士の資格取得は、ほぼ全員が目指すことになる。そのため、RPWでは2025年7月より新たに学習計画の進捗管理などを行なう「ライセンスマネージメント(LM)」と、教官と訓練生がともに1回あたり最大4時間まで勤務控除されることで学習時間を確保できる「ライセンスサポート(LS)」制度を導入した。
訓練室や自習室なども同年より強化。羽田空港では2025年3月に供用が開始された、第2ターミナル本館とサテライト部をつなぐ接続部の地上階に、新たな自習室や仮眠室などを整備した。RPWでは現在約100名ほど日々資格取得を目指す訓練生が在籍、教官と訓練生の親子制度などで資格の早期取得をサポートしている。
同制度について、教官を兼任する別府由香里さんは、「訓練生は自主的に申し込みを行ない、口述試験の練習など需要に応じて教官らが対応します。私たちは、聞かれたことにただ答えるだけでなく、正しい理解をしているかの確認や、理由付けをすることで記憶力を高める対策をしています。また、丸暗記にならないよう、原理を教えることも意識しています」と話す。
また、「さまざまな着眼点を訓練生が持っているため、教える側も非常に勉強になります。日々の業務を改めて考え直すよい機会になっています」と教官としてもメリットを感じているという。
一等航空整備士取得でできる業務が一気に広がる
数多くの試験を突破し、晴れて一等航空整備士の資格者となると、実務ではどう変化するのか。
「運航前点検などは一等航空運航整備士でも携われますが、大きな違いは“故障探究”と、その“修復”が可能となることです。エンジンを回してのチェックもできますし、便間の『MEL(Minimum Equipment List:安全基準を満たしていることを前提に、一部の機内装備品に不具合があっても運航を認める仕組み)』の判断も担います」と田平さん。
ちなみにこの故障探究時に冷静になることが、田平さんの資格取得において大きな課題だったそう。「心がざわついても自分を客観視し、落ち着けるよう心がけています。資格者としてきっちりと故障箇所の特定とその後の判断をしなくてはいけないので、限られた時間のなか、丁寧で確実な作業をすることを念頭に置いています。数をこなすことで改善はされましたが、別府さんをはじめ、教官の方々からアドバイスをもらえるのは今もなお大きな支えになっています」(田平さん)。
「周囲からどんどんサポートを受ければいいと思います。特に時間がタイトな便間は、悩んだら、乗員からの聞き取り、機体の状況確認、できることから一つひとつ不具合の原因となり得る可能性を確認していくことが大切です。そうすることで心も落ち着きますし、とにかく行動することが解決につながります」と別府さん。
また、別府さんは「資格取得は大変ですがそこを乗り越えた先の楽しさは確実にあります。一等航空整備士の業務の面白さ、やりがいは資格を手にしたからこそ分かるもの。整備作業に加え、海外でのドック整備からの領収や、新しく購入した機材のメーカーでの領収作業なども担うため、人脈が広がりますし、想像以上に仕事内容も幅広いんですよ。彼女(田平さん)も、これから面白い経験をたくさんできると思います」と話す。
誠実な作業とチームワークが大切
一等航空整備士として日々大切にしていることについては、両氏ともに「チームワーク」と答えが返ってきた。「アサーションと言っていますが、作業中の気付きをしっかりと報告できる環境作りを心がけています」(田平さん)。
「よい品質の飛行機を出していくためには、チーム内のいろいろな声を聞くことが大切。目が多ければ、それだけ不具合や作業ミスに気付けます。そして、“誠実に作業をこなす”ことも大切。飛行機を止めなくてはいけない場面もあります。“飛べないものは飛べない”のです。基準に従って一つひとつを正しくこなし、厳しい判断として止める勇気も大切です」(別府さん)。
女性が整備士として働きやすい環境
国土交通省の「航空整備士・操縦士の人材確保・活用に関する検討会 ―最終取りまとめ―(概要)」(平成7年3月)によると、2030年に向けて、整備士の数を現在の約6,000人から約2割増の約7,600人にする必要が謳われている。にも関わらず、航空専門学校への入学者の減少や少子高齢化による人材確保が難しく、対策が急務とされているのが現状だ。
資格の業務範囲拡大や、型式別資格の共通化などの人材確保策が検討されているが、そのなかで注目されているのが女性の担い手の養成だ。と同時に、ライフステージなどの変化などが原因で離職率が男性整備士の約1.5〜2倍と、定着が課題となっている。
RPWは冒頭でも人数を記したとおり、女性率は約7%と平均よりも高め。ママさん整備士も在籍しているという。羽田チームに限れば約10%だ。職場としても男女の差なく対等に働けるよう、更衣室だけでなく、専用の仮眠室や自習室なども用意した。近年は、整備士として日常的に使うツールなども女性が扱いやすいものが増えているという。
また、RPWの整備士は総合職という位置付けのため、教官など指導者になる道や、メーカーとのやり取りや作業手順書ほかのマニュアル作り。さらに整備作業の管理や計画の作成、品質保証を行なう生産管理など自身の経験を活かすためのチャレンジも可能という。
「飛行機がより透けて見えてきた」
インタビューの最後に、二人にそれぞれが考える整備士の魅力とやりがいを語っていただいた。
「ライン整備士は、時間内に直して送り出すのが仕事です。“故障探究”をきっちりこなし、大元を特定・修復し安全な状態で出発できた瞬間の気持ちよさは格別です。乗務員さんに“ありがとう”と声掛けしてもらえたときも非常にうれしいですね。その経験が大きなモチベーションになります。職種として難しい部分もありますが、だからこその楽しさとやりがいもあります」(別府さん)
「一等航空整備士の資格を取得したことで“飛行機がより透けて見えてきた”とも思います。より近く、そして深く飛行機と関われるのが整備士の特権です」(田平さん)
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