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プロペラ旅客機がジェット旅客機より遅い理由 ~ 連載【月刊エアライン副読本】

文:阿施光南 写真:阿施光南
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【連載】ヒコーキがもっと面白くなる! 月刊エアライン副読本
「空のエンターテインメント・メディア」として航空ファンの皆さまの好奇心と探究心にお応えすべく、航空の最前線、最先端技術などを伝えている月刊エアライン。そんな弊誌でテクニカルな記事や現場のレポートを中心に執筆に携わる阿施光南氏が、専門用語やテクノロジーをやさしく紹介するオリジナルコラムです。

 プロペラ旅客機がジェット旅客機よりも遅いのは、ひとつにはプロペラが音速の影響を受けやすいからだ。飛行機が音速に近づくと衝撃波が発生して抵抗が急増する。音速は温度によって変わるが、たとえばQ400が巡航する高度7,000mでの音速は約1,120km/hだ。

 しかしプロペラには機体の速度に加えて回転速度が加わるから、それよりずっと遅い速度から音速の影響を受け、効率よく推力を発生できなくなってしまう。

同じ70席級のリージョナル機だが、E170の巡航速度は800km/hで、Q400は650km/h。
同じ70席級のリージョナル機だが、E170の巡航速度は800km/hで、Q400は650km/h。ジェットとプロペラという推進方法の違いによるものだが、国内の短距離路線では所要時間の差はごくわずかだ。

 プロペラ旅客機としては快速のQ400でも、巡航速度は650km/h程度だ。音速まではかなり余裕がありそうだが、このくらいが経済性や快適性との兼ね合いからも実用的な限界だろう。

Q400と同規模のATR72だが、巡航速度は500km/hでさらに遅い。
Q400と同規模のATR72だが、巡航速度は500km/hでさらに遅い。装備しているエンジン出力が倍近くも違うというのが大きな理由だが、それだけATR72の方が燃料消費量は少なくすんでいる。

 かつて日本にも就航していたソ連のTu-114は約750km/hで巡航できたそうだが、そのためには約1万5,000馬力のエンジンを四発(合計6万馬力)も装備していた。機体規模がまるで違うとはいえ、Q400は5,070馬力の双発(合計1万140馬力)だから、Tu-114はかなり強引にスピードを追求していたわけだ。

巡航速度約750km/hで歴代プロペラ旅客機としては最高速を誇ったソ連のTu-114。
巡航速度約750km/hで歴代プロペラ旅客機としては最高速を誇ったソ連のTu-114。ほぼ767に匹敵する機体規模で、1万5,000馬力級のエンジンを4発も装備。それぞれが二重反転プロペラを駆動した。

 ちなみに海上自衛隊のP-3C哨戒機も最大760km/hで飛行できるが巡航速度は648km/h、ベースになったL-188エレクトラ旅客機の巡航速度も600km/hだった。国内で数を増やしているATR72の巡航速度は500km/hでQ400よりも遅いが、エンジン出力はQ400の約半分の2,750軸馬力ですんでおり、燃料消費量も少ない。速度と燃費をどうバランスさせるかは、開発の狙いによっても違ってくるだろう。

海上自衛隊のP-3C哨戒機は、ロッキード・エレクトラ旅客機をベースに開発されたものだ。
海上自衛隊のP-3C哨戒機は、ロッキード・エレクトラ旅客機をベースに開発されたものだ。4,600馬力のエンジンを4発装備しており、巡航速度はQ400とほぼ同じだが最大速度は760km/hに達する。

 また音速の影響以外にも、プロペラ機には高速で不利になる理由がある。

 プロペラのブレードは飛行機の翼と同じく風を受けることで揚力を発生し、これが推力として使われる。ただし飛行機の翼は前進することで風を受けるのに対して、プロペラは回転することで風を受ける。飛行機が停止しているときにはプロペラは回転による風だけを受けるが、飛行機が前進すると前方からの風も加わってブレードが受ける風の角度(迎角)も変化する。そのため旅客機のプロペラは、ブレードの角度を速度に応じて適切に変えられるようにしている。ところが前進速度が増してブレードの角度が大きくなるほど発生する揚力の方向も傾き、推力となる前向きの成分は小さくなっていく。

 つまり高速になるほど効率が悪くなってしまうのである。

ATR72のハミルトンスタンダード568Fプロペラ。
ATR72のハミルトンスタンダード568Fプロペラ。ブレードの角度(ピッチ)を速度に応じて変えられるが、高速時に角度が大きくするほど発生する揚力も傾いていくために効率は下がっていく。

 ただし低速ではプロペラの効率はジェットエンジンよりもよく、離陸時の加速もいい。しかもジェット機よりも低速で飛ぶように作られているプロペラ機の主翼は、低速でも大きな揚力を発生するし、プロペラ後流を受ける主翼やフラップはさらに早くから揚力を発生する。それらがプロペラ機が短い滑走路で離着陸できる理由である。

プロペラ機の場合、前進速度が増してブレードの角度が大きくなるほど発生する揚力の方向も傾き、推力となる前向きの成分は小さくなっていく。
プロペラ機の場合、前進速度が増してブレードの角度が大きくなるほど発生する揚力の方向も傾き、推力となる前向きの成分は小さくなっていく。

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