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フラップは、揚力だけでなく抗力も増やす~ 連載【月刊エアライン副読本】

文:阿施光南 写真:阿施光南
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【連載】ヒコーキがもっと面白くなる! 月刊エアライン副読本
「空のエンターテインメント・メディア」として航空ファンの皆さまの好奇心と探究心にお応えすべく、航空の最前線、最先端技術などを伝えている月刊エアライン。そんな弊誌でテクニカルな記事や現場のレポートを中心に執筆に携わる阿施光南氏が、専門用語やテクノロジーをやさしく紹介するオリジナルコラムです。

フラップを下ろして着陸を試みる旅客機
フラップを下ろして着陸を試みる旅客機

 フラップは、揚力だけでなく空気抵抗(抗力)も増やす。だから離陸してスピードがついたならばすぐに上げてしまうのだが、着陸時には空気抵抗を増やしたくてフラップを使うということもある。空気抵抗が増えれば余計にエンジンのパワーが必要になり、燃料を多く消費することになるとしても。

 飛行機は、エンジンを停めてもグライダーのように滑空できる。このときの滑空比は、揚抗比(揚力と抗力の比)と同じで、90年代以降のジェット旅客機だと20程度という。滑空比20というのは、100m降下する間にその20倍の2000m進むということだ。このときの降下角は、三角関数で約3度と計算できる。

 ここで、「おっ」と思った人もいるはずだ。3度の降下角は、一般的な着陸進入経路と同じなのだ。ならばエンジンを停めないままでも、アイドルに絞っておけばそのままぴったり着陸できるのではないか。もちろん、そうはならないのだが。

フラップは揚力(正確には揚力係数)を増やして低速でも飛べるようにする装置だが、空気抵抗も増える。
フラップは揚力(正確には揚力係数)を増やして低速でも飛べるようにする装置だが、空気抵抗も増える。それを嫌う離陸時には着陸時よりも小さな角度を使う。

 ランディングギアを出すと空気抵抗が増えて滑空比は悪くなるし、速度によっても滑空比は変わるし、途中の風によっても変わる。それらを無視して、ランディングギアを出して着陸進入速度でちょうど滑空比20になると仮定しても、やはりうまくいかないだろう。たとえば高度が高すぎたときに、修正するのがむずかしい。機首を下げればコースには乗れるが、降下によって速度が増えてしまう。エンジンはもう一杯に絞ってあるから、パワー調整では減速できない。そのままでは着陸時のランディングギアの負担が大きくなるし、滑走路上で停まりきれないかもしれない。

航空会社の訓練で使われているFFSで、両エンジンが停止しての滑空着陸をデモしてもらったことがある。
航空会社の訓練で使われているFFSで、両エンジンが停止しての滑空着陸をデモしてもらったことがある。機種は777-200で、PFDの表示から滑空中の速度は約160kt、降下率は750ft/minと読める。滑空比は21を少し上回るくらいだ。

 主翼上のスポイラー(エアブレーキ)を使えば減速できるし、高すぎたコースを低くすることもできるだろう。現にジェット旅客機よりもはるかに滑空比がいいグライダーは、スポイラーを使って着陸時の降下角を調整するのが普通だ。しかしスポイラーを使うくらいならば、最初からフラップで空気抵抗を増やしておき、あとはパワーで調整できるようにした方が安全で簡単ではないか。イメージとしては、長い下り坂を自動車で降りるときに、フットブレーキを多用するよりもエンジンブレーキを効かせたうえでアクセルを調整した方が正確にコントロールできるような感じだ。

着陸進入中のグライダー。
着陸進入中のグライダー。そのままでは降下角が小さすぎて着陸がむずかしいため、主翼の上にスポイラーを立てて空気抵抗を大きくしている。

 積極的にフラップで空気抵抗を増やすことを狙ったわかりやすい例は、プロペラ旅客機のDC-3などで使われていたスプリットフラップだ。これは翼下面だけを下に折るもので、揚力も増えるが空気抵抗の増加も大きい。下に開くスポイラーのようなものだから当然だろう。現代の一般的なフラップはこれほど極端ではないが、やはり空気抵抗を増やすことで着陸を容易にしているのである。

スプリットフラップを開いて着陸進入中のDC-3。
スプリットフラップを開いて着陸進入中のDC-3。フラップは主翼だけでなく胴体の下にまで伸びており、こうなるとほぼスポイラーと同じだ。
空母艦載機として開発された零戦もスプリットフラップを装備していた。
空母艦載機として開発された零戦もスプリットフラップを装備していた。降下角が小さいと、狭い空母にピンポイントで着艦するのがむずかしいからだ。

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