連載
航空機の安全性を高める工夫(1)「多重化」 ~ 連載【月刊エアライン副読本】
【連載】ヒコーキがもっと面白くなる! 月刊エアライン副読本
「空のエンターテインメント・メディア」として航空ファンの皆さまの好奇心と探究心にお応えすべく、航空の最前線、最先端技術などを伝えている月刊エアライン。そんな弊誌でテクニカルな記事や現場のレポートを中心に執筆に携わる阿施光南氏が、専門用語やテクノロジーをやさしく紹介するオリジナルコラムです。
旅客機はできるだけ壊れないように作られているし、その後も整備や点検を欠かさないが、機械である限り壊れたり故障することはあり得る。そこで考えられたのが、壊れても大丈夫なように作るということだ。
まずは多重化だ。ひとつが壊れても、他で補うことで飛行を継続でき、最低でも安全に着陸できるようにする。
旅客機のエンジンが2つ以上あるのはそのためだし、タイヤが2本セットなのもそのためだ。タイヤの本数を増やすのは空港の路面への荷重を分散できるという理由もあるが、緊急時には1本がパンクしても無事に着陸できる可能性が高くなる。
もちろん目に見えないところでも、油圧や電気、与圧・空調、さまざまなコンピューターなど重要なシステムはすべて二重以上に装備されている。

ただし、多重に装備すれば安全性が高まるとは限らない。大前提は、ひとつが故障しても残るシステムで飛び続けられるということだ。
たとえば10回のフライトで1回の確率で故障するエンジン(もちろん実際にはこんな怪しいエンジンは使われない)を2つ装備する場合、どちらかのエンジンが故障する確率はエンジンの数だけ増えるから10回のフライトで2回だ。つまりエンジン1つの場合よりも故障の確率は増える。しかし両方のエンジンが同時に故障する確率は、100フライトに1回と大幅に減少する。
もし1つのエンジンが故障しただけで飛び続けることができない場合には危険性は高まるが、残るエンジンで飛び続けることができるならば安全性が高まるということだ。

もちろん現代の旅客機はエンジンが1つ故障しても飛ぶことができるように作られているが、歴史的にはそうでない飛行機もあった。
1929年に初飛行したドイツのDoX飛行艇は、12発(!)のエンジンのうち1つでも故障すると高度を維持できなかったという。これは、十分なパワーのあるエンジンを使うことができなかったという事情があったのだが。


また、思わぬ見落としが事故につながってしまった例もある。
たとえばボーイング 737 MAXは新型エンジンの装備による機首上げの傾向を抑えるために、迎角(AOA)が過大になったときに自動的に機首を下げるMCASという装置を備えた。ただしMCASは、ただ1つのAOAセンサーだけを使って迎角を判断するように作られていた。その1つが故障したために誤作動して飛行機を墜落させてしまったのである。ちなみに737 MAXのAOAセンサーは2つついているのだが、MCASはそれを活かすようには作られていなかった。

現在ではMCASも改良されているが、最初のシステムは多重化による冗長性を考慮しない、旅客機としてはかなりお粗末な設計だったと言わざるを得ない。さらに開発段階で、その弱点を見抜く「もうひとつの目」が機能しなかったという点でも、多重化がうまく働かなかった例といえるだろう。

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