連載

失速防止のカギは水平尾翼~ 連載【月刊エアライン副読本】

文:阿施光南 写真:阿施光南
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【連載】ヒコーキがもっと面白くなる! 月刊エアライン副読本
「空のエンターテインメント・メディア」として航空ファンの皆さまの好奇心と探究心にお応えすべく、航空の最前線、最先端技術などを伝えている月刊エアライン。そんな弊誌でテクニカルな記事や現場のレポートを中心に執筆に携わる阿施光南氏が、専門用語やテクノロジーをやさしく紹介するオリジナルコラムです。

 飛行機は、機首を上げすぎると失速する。翼のまわりの気流がはがれて、揚力が失われてしまうからだ。しかし、パイロットは初歩の段階から何度も失速に対する訓練をしている。失速に入らないよう操縦し、失速の前兆を知り、失速から回復する方法を学ぶ。

 失速特性の悪い飛行機や、回復操作の遅れによる高度ロスによって墜落してしまうことがないわけではないが、たいていのパイロットは「自分はうまくできる」と思っている。傲慢なのではない。パイロットはそのくらいたくさんの訓練をしているし、自分にはできないと思ったら飛行機を飛ばそうなどとは考えないだろうからだ。

曲技飛行の名手ユルギス・カイリスの得意技。
曲技飛行の名手ユルギス・カイリスの得意技。離陸直後に機首を大きく引き起こして失速に入れ、そのままリカバリーする。失速=墜落ではない。

 そんなパイロットの「自信」を支えているのが水平尾翼だ。水平尾翼があるから機首を上げすぎないようにコントロールできるし、水平尾翼があるから失速しても姿勢を立て直して回復することができる。飛行機によっては、水平尾翼があるというだけでパイロットが何もしなくても失速から回復してくれる。主翼が失速して揚力を失ったあとも水平尾翼が機体後方を支えてくれるから、自然と機首を下げてくれるのである。

 ただし水平尾翼も失速はする。こうなると自然に回復するどころか、パイロットが回復操作をしても機体が反応してくれなくなる。そこで飛行機は、主翼の方が水平尾翼よりも早く失速するように作られる。

水平尾翼は主翼よりも遅く失速するように作られているので、主翼が失速したあとも後部を支えて機首を下げてくれる。
水平尾翼は主翼よりも遅く失速するように作られているので、主翼が失速したあとも後部を支えて機首を下げてくれる。

 水平尾翼は、もともと下向きの揚力を発生して飛行機のバランスを取っている。説明のために単純化すると、主翼が上向きの揚力を発生するためにプラス(頭上げ)の角度をつけて胴体に取り付けられているのに対して、水平尾翼は下向きの揚力を発生するためにマイナスの角度で胴体に取り付けられる。

 だから機首を上げて主翼が失速する角度になっても、水平尾翼にはまだ失速までに余裕があるわけだ。もちろんこのときには水平尾翼もプラスの迎角となっているので、機体後方を支えるような上向きの揚力を発生している。

パイロットは初歩の段階から何度も失速の訓練をする。
パイロットは初歩の段階から何度も失速の訓練をする。実用機では失速に入れないように操縦するのが第一だが、予期せぬ異常姿勢(ここでは機首が大きく上がって空しか見えていない)から安全にリカバリーするアップセット訓練も行なわれている。

 ちなみにジェット旅客機には、こうした低速時の失速だけでなく、高速時の失速もある。機体が音速に近づくと、翼上面などが部分的に音速を越えて衝撃波が発生し、揚力が失われてしまうのだ。これを衝撃失速(ショックストール)というが、ここでも水平尾翼は主翼よりも後で失速するように作られている。たとえば衝撃波の発生を遅らせるには後退角を大きくするのが有効だから、多くのジェット旅客機の水平尾翼は主翼よりも後退角が大きくなっている。

多くのジェット旅客機は水平尾翼の後退角を主翼よりも大きくして、より高速でも衝撃波の影響を受けないようにしている。
多くのジェット旅客機は水平尾翼の後退角を主翼よりも大きくして、より高速でも衝撃波の影響を受けないようにしている。

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