連載

飛行機は暑さが苦手…機体の性能にかかわる空気密度 ~ 連載【月刊エアライン副読本】

文:阿施光南 写真:阿施光南
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【連載】ヒコーキがもっと面白くなる! 月刊エアライン副読本
「空のエンターテインメント・メディア」として航空ファンの皆さまの好奇心と探究心にお応えすべく、航空の最前線、最先端技術などを伝えている月刊エアライン。そんな弊誌でテクニカルな記事や現場のレポートを中心に執筆に携わる阿施光南氏が、専門用語やテクノロジーをやさしく紹介するオリジナルコラムです。

酷暑といわれるような日には、人間だけでなく飛行機も苦しい。
酷暑といわれるような日には、人間だけでなく飛行機も苦しい。空気密度が小さくなると翼に発生する揚力は減るし、エンジンの性能も低下してしまう。

 みんなが知っている揚力の式(知らない人は暗記してね)には、翼面積を表すSという記号がある。揚力の大きさは翼面積に比例しますよという意味だ。また同じ式の中には、空気密度を示すρ(ロー)という記号もあって、これも揚力に比例することが示されている。空気密度というのは、簡単にいえば空気の濃さだ。翼面積が半分になれば揚力も半分になるというのは直感的にもわかりやすいし、空気が薄ければ揚力も減るだろうとは想像がつく。しかし、きっちりと比例するというのは少し驚きかもしれない。

 空気密度は単位体積にどれだけの質量の空気があるかで示し、例えば標準大気 1気圧15℃という条件では約1.225kg/m3となる。1m3で1kg以上とは空気も意外に重いんだなというのはともかくとして、この数値は気温や気圧によって簡単に変わってしまう。気温が高くなれば空気は膨張するから密度は下がるし、気圧が低くなっても同じく空気は膨張するから密度は下がる。そして翼に発生する揚力は、そうして変わる空気密度に比例して増減してしまうというのである。

【揚力の式】
L=1/2*ρv2*CL*S(下の写真参照)

L:揚力
ρ:空気密度
v:速度
CL:揚力係数
S:翼面積

揚力の式
空気は温めると膨張し、密度が下がって軽くなる。
空気は温めると膨張し、密度が下がって軽くなる。それを利用しているのが熱気球で、ヘリウムのような特別なガスではなく普通の空気を温めるだけで飛んでいる。

 例えば高所空港として知られるメキシコシティ国際空港の標高は2,230mで、空気密度は標高0mの場所よりも約20%低くなる。つまり揚力も約20%小さくなってしまう。翼が約20%も小さくなった飛行機を思い浮かべれば、これは大変だなということがわかるだろう。

 もちろんそのままでは飛べないから、例えば離陸速度を普段よりも10%ほど速くする。揚力は速度の二乗にも比例するので、速度を1.1倍にすれば約1.2倍の揚力を発生できる。これで、空気密度による減少分は補えるわけだ。

 ただし速いスピードまで加速するためには、滑走距離も長く必要になる。しかも空気密度が小さくなると、揚力だけでなくエンジンの性能も下がるため、加速も通常より悪くなる。つまり滑走距離はさらに長く必要になる。そのためメキシコシティ国際空港を飛ぶ旅客機には、普通よりも推力の大きなエンジンを搭載することがある。これならば、性能が下がってもなお十分な推力を発揮できるからだ。

標高の高いメキシコシティから日本へのノンストップ直行便を開設するために、使われる787には通常よりも推力の大きなエンジンが装備された。
標高の高いメキシコシティから日本へのノンストップ直行便を開設するために、使われる787には通常よりも推力の大きなエンジンが装備された。

 また昨今では気候変動のために、各地で記録破りの暑さが記録されることが多い。こんなときにも空気密度が下がって離陸性能が落ちるため、パイロットはフライトごとに安全に離陸できるかを確認している。空港ごとに提供されている気象情報には風向や風速、気圧などに加えて気温が含まれているのは、それが飛行機の性能に大きく関わっているからなのである。

日本で定期便が就航する飛行場としては最も高所にあるのは松本空港だ。
日本で定期便が就航する飛行場としては最も高所にあるのは松本空港だ。標高は約660mで空気密度が低い上に周囲に高い山があるというむずかしさがある。

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