連載
ヤード・ポンド法、ノットにマイル…メートル法がマイノリティな航空業界 ~ 連載【月刊エアライン副読本】
【連載】ヒコーキがもっと面白くなる! 月刊エアライン副読本
「空のエンターテインメント・メディア」として航空ファンの皆さまの好奇心と探究心にお応えすべく、航空の最前線、最先端技術などを伝えている月刊エアライン。そんな弊誌でテクニカルな記事や現場のレポートを中心に執筆に携わる阿施光南氏が、専門用語やテクノロジーをやさしく紹介するオリジナルコラムです。
アメリカの単位で混乱・・・
航空業界ではさまざまな「変な単位」が使われている。高度や寸法はフィートやインチ、重さはポンド、体積はガロンといった具合だ。アメリカでは日常的に使われている単位だが、アメリカ以外ではほとんど使われなくなった単位でもある。それを航空業界で使い続ける合理的な理由はなく、原稿を書くときにもいちいちメートルやグラムなどの国際単位系(SI)に換算したり併記しなくてはならないので、とても面倒だ。
もちろん「使っているうちに慣れる」ということはある。筆者はアメリカで飛行訓練を受けたが、最初はエンジンに補充するオイル量のクォートという単位すら知らなかった。教官は「1ガロンの4分の1(クォーター)だからクォートだよ」と説明してくれたが、日本ではガロンも使っていないのだから助けにはならない。教官も苦笑いしていたのは、自らもスウェーデン出身で同じように困惑した経験があったからだろう。だが、確かにこういうのはすぐに慣れた。機体のオイルタンクの目盛も、補充用オイルの容器もどちらもクォートだから、わざわざリットルなどに換算する意味がないからである。
しかし性能や強度などの計算をするときには、いつまでも面倒だ。1ガロンが4クォートであるというだけでなく、1フィートが12インチであるなど、十進法ですらない単位なのだ。こんなややこしい単位が混在している計算は面倒だし、間違いのもとである。それでも使われ続けているのは、世界一の航空王国であるアメリカが、まだ国際単位系への移行に抵抗しているからである。ただそれだけの理由なのだが、アメリカの航空業界はそれほど突出した影響力を持っていたということだ。
一方で、そうした影響力のおよばないソ連を中心とした旧東側諸国は、メートルやグラムをずっと使ってきた。それはアメリカに対抗するというメンツの問題ではなく、合理的であるからだろう。日本も第二次世界大戦まで高度計はメートル表記だったし、近年ではヨーロッパを中心に国際単位系を、少なくともマニュアルやログの表記などでは使っている。それに対してアメリカは「国際単位系を使いたければどんどん使えばいいんですよ」という態度を示しながらも、「俺たちは使わないけどな」という姿勢は変えていない。もちろんアメリカが作る飛行機はアメリカ慣用単位で作られているから、工具などもインチ規格でなければ整備もできない。そして巨大マーケットであるアメリカに飛行機を売りたい他国メーカーも、アメリカに合わせた単位を無視できないのだ。
ちなみに航空の世界では、アメリカ慣用単位でも国際単位系でもないノットという速度単位も広く使われている。1ノットは1時間に1海里(ノーティカルマイル/NM=1.852km)進む速さで、1海里は地球の緯度1分の距離に相当する。これは緯度経度の記された海図を使った航法には都合がよいとして船舶では古くから使われ、それが航空でも使われるようになったのである。
しかし、ノットだから航法に便利だと思っているパイロットやディスパッチャーが本当にいるのだろうか。むしろ他の単位との整合性のなさによる不便の方が大きいのではないか。例えば、飛行機の離着陸性能や横風制限に関係する風速はm/s(毎秒メートル)で観測されているし、失速速度や超過禁止速度などをノットで示した方がいいという理由はない。現に旧東側諸国の飛行機では速度にもkm/h(毎時キロメートル)を採用している。戦前の日本でも、陸軍はkm/hを使っていた。海軍はノットを使用したが、これは空母や艦隊との連携に都合がよかったからだろう。
そしてさらに困ったことに、アメリカではノットでもkm/hでもないmph(毎時マイル)という単位を長く使ってきた。しかもこのマイルは海里ではなく陸マイル(1.609km)だから、「アメリカ人には馴染みがある」という以外の合理性はない。まったくどうしようもない単位ばかりだが、航空界はいまだにそこから脱却できずにいるのである。
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