連載

フライ・バイ・「ワイヤー」に引っ掛かった阿施少年 ~ 連載【月刊エアライン副読本】

文:阿施光南 写真:阿施光南
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【連載】ヒコーキがもっと面白くなる! 月刊エアライン副読本
「空のエンターテインメント・メディア」として航空ファンの皆さまの好奇心と探究心にお応えすべく、航空の最前線、最先端技術などを伝えている月刊エアライン。そんな弊誌でテクニカルな記事や現場のレポートを中心に執筆に携わる阿施光南氏が、専門用語やテクノロジーをやさしく紹介するオリジナルコラムです。

 コンピューターを介して飛行機を操縦するシステムをフライ・バイ・ワイヤー(Fly By Wire。略してFBW)という。パイロットの操作は電気信号に変換され、コンピューターで処理されたうえで舵に伝えられる。ワイヤーは、そうした信号を伝える電線のことだ。

 この言葉が広く知られるようになったのは、1974年に初飛行した米空軍のYF-16試作戦闘機からだろう。普通の飛行機は姿勢が変わっても元に戻ろうとする空力的な安定性を与えられている。そうでなくてはとてもまともに飛ばすことができないからだが、安定性はパイロットの操作に対しても抵抗する力になり、戦闘機では運動性能を悪化させる要因にもなる。そこでYF-16は空力的な安定性をなくすかわりにコンピューターが常に細かく舵を動かして機体の安定を保つようにした。そして実用型のF-16戦闘機は世界的なベストセラーになった。

 フライ・バイ・ワイヤーの意義は当時高校生だった僕にもなんとなく理解できたが、引っ掛かったのは「ワイヤー」が電線を意味するという本筋ではない部分だった。ワイヤーには自転車のブレーキや変速ギアに使われているようなものもある。そうしたワイヤーは「操縦索」として昔から飛行機で使われていたから、それこそフライ・バイ・ワイヤーではないかと。そうした違和感は非英語圏に生まれ育ったからこそなのかもしれないが、現在でもまぎらわしい用語ではあるなと思う。

デルタ航空博物館に展示されている747-400。天井裏などに細いワイヤー(電線ではなく索。ああ、まぎらわしい)が何本も通っているのが分かる。実際に舵などを動かす力には油圧などが使われるが、パイロットの操作はこうしたワイヤーで伝えられる。
ベルーガが登場するまでエアバス機のコンポーネント輸送に使われたスーパーグッピー。コクピットを含む機首部分が開くので、その前に操縦用のワイヤー(索)を切り離し、閉じたあとで、また繋ぎなおす。もし電線ならば、こんな面倒なことは必要なかっかだろう。

 そして1988年には、旅客機としては初めて本格的にフライ・バイ・ワイヤーを導入したA320が初飛行した。旅客機には戦闘機のような高い運動性能は必要ないが、フライ・バイ・ワイヤーのメリットとして操縦系統を軽量化できることや、パイロットが誤って不適切な操作をしたときでもコンピューターが安全な状態に補うプロテクション機能を付加しやすいことなどが挙げられた。例えば機首を上げすぎると飛行機は失速してしまうから、その前に機首を下げる必要がある。そこでパイロットが不適切に機首を上げる操作を続けたとしても、コンピューターはそれを無効化して安全な姿勢を保つのである。

 それは心強い一方で、コンピューターは故障したり暴走しないのかという不安もある。なにしろコンピューターは自分が正しいと判断したら、パイロットの操作を無効化できるようプログラムされているのだ。そこでエアバスはシステムを多重にしたうえで、それを構成するハードウェアやソフトウェアも別々に開発した。これならば全システムが同じ故障やバグで同時に機能を失ったり暴走してしまう心配は少ない。

(次回に続く)

製造中のエアバス機の胴体。パイロットの操作は電線を通して伝えられるので、非FBW機のようなワイヤー(索)は見られない。
1987年に初飛行したエアバスA320。フライ・バイ・ワイヤーを本格的に導入した初めての旅客機だ。(Photo:Airbus)

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