連載

離陸を支えるスラットは、フラップとは仕組みが異なる ~ 連載【月刊エアライン副読本】

文:阿施光南 写真:阿施光南
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【連載】ヒコーキがもっと面白くなる! 月刊エアライン副読本
「空のエンターテインメント・メディア」として航空ファンの皆さまの好奇心と探究心にお応えすべく、航空の最前線、最先端技術などを伝えている月刊エアライン。そんな弊誌でテクニカルな記事や現場のレポートを中心に執筆に携わる阿施光南氏が、専門用語やテクノロジーをやさしく紹介するオリジナルコラムです。

 飛行機を飛ばす揚力は風の力だ。だから離着陸時のような低速では小さくなる。それを補うのがフラップやスラットといった高揚力装置だ。フラップは前縁や後縁を下に折ることで主翼の反り(キャンバー)を大きくして、揚力を発生しやすい翼型にする。それに対してスラットは前縁付近に隙間(スリット)を設けることで、より大きな迎角(翼と風との角度)まで失速しないようにする。迎角を大きくするほど揚力も大きくなるから、より大きな迎角まで失速しなければ大きな揚力が得られるというわけだ。

 スラットには固定式のものと、可動式のものがある。第2次世界大戦で活躍したドイツのFi156シュトルヒは、固定スラットを装備して無風時でも50mの滑走で離陸できた。ただし固定スラットは機構は簡単でも抵抗が大きい。そこで必要なときだけ翼前縁を動かして隙間を設けるのが可動スラットだ。これには失速が近づくと空気の流れの変化で自動的にスラットが出る巧妙な仕組みのものもあるが、現代の旅客機のスラットはすべて油圧などの動力で動かすようになっている。

ちょっとした空き地程度のスペースで離着陸できたFi156シュトルヒ。
ちょっとした空き地程度のスペースで離着陸できたFi156シュトルヒ。主翼は折り畳み式のため前縁の固定スラットがよくわかる。

 主翼前縁にフラップをつけるか、スラットをつけるか、あるいは何もつけないかは目的による。たとえばCRJは標準型では前縁に高揚力装置を持たなかったが、胴体を長くして重くなった700型ではスラットを装備して離着陸性能を確保した。

 また外翼部だけにスラットをつける場合もある。たとえば主翼に後退角があると翼端から失速しやすくなる傾向があるが、片側だけ翼端失速を起こすと機体がバランスを崩してしまうし、それを立て直すためのエルロンも失速した部分にあるため回復できない。また後退翼の翼端は重心より後方にあるため、ここが失速して揚力が失われると急激に機首が上がってますます失速が悪化する。

 そこでドイツのMe163ロケット戦闘機は外翼部に固定スラットを設けたし、現代の旅客機でもA350のように外翼部にスラット、内翼部にはフラップ(エアバスはドループノーズと呼んでいる)を装備しているものがある。

ドイツのロケット戦闘機Me163は後退翼の外翼部のみに固定スラットを備えていた。
ドイツのロケット戦闘機Me163は後退翼の外翼部のみに固定スラットを備えていた。

 ちなみに最近の旅客機のスラットには、フラップのように下に折れながら隙間を作るものが多い。こうなるとフラップなのかスラットなのかと判断に悩むし、フラップとスラットの両方の効果があるというならば名前はどうでもいいじゃないかとも思える。そういうときでも、できればメーカーがどう呼んでいるのかを確認するといいだろう。もしスラットと呼んでいるならば、失速角を大きくしたいという狙いがこめられているんだなと想像できる。

A350はエンジンよりも内側にフラップ(ドループノーズ)、外側にはスラットを装備している。
A350はエンジンよりも内側にフラップ(ドループノーズ)、外側にはスラットを装備している。スラットには主翼本体との間に隙間があるのがわかる。
CRJは初期の200型では前縁に高揚力装置を装備していなかったが、胴体を延長した700型ではスラットを装備した。
CRJは初期の200型では前縁に高揚力装置を装備していなかったが、胴体を延長した700型ではスラットを装備した。同じ場所、タイミングでの撮影だが、着陸進入時の迎角の違いもわかる。翼本体との間に隙間があるのでスラットだが、フラップのようにキャンバーを大きくする効果もある。

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