特集/本誌より
ANA「翼の王国」創刊65周年 〜空を愛する人々が編み上げた、機内誌の歴史をたどる〜
さすが日本の航空界における“最古の機内誌”とされているANAの「翼の王国」だ。先日、羽田空港近くのANA Blue Baseに同誌を愛読する多くのファンが集った。取材から少し時間が経ってからの記事公開となったが、その理由はこの取材後に出会った思わぬ秘話のためで、その貴重なエピソードとともに偉大なる王国の65周年を祝いたい。
目次
時代を経ても変わらぬ紙の力
ANAの機内誌、「翼の王国」が今年9月に創刊65周年を迎えたことを記念し、11月15日に東京都大田区の「ANA Blue Base」にて翼の王国65周年のイベントが開催された。
このイベントは、日頃から翼の王国を愛読しているファンへの感謝を伝えるため企画されたもので、元々60周年の2020年に予定されていたが、世界的パンデミックによる影響で65周年の開催となった。当日は翼の王国WEBにより募集した172名が参加し、翼の王国の歴史紹介、同誌に「オーランドの空の下で」を連載中の車いすテニスプレイヤー、国枝慎吾さんのトークショー、翼の王国クイズなどで盛り上がり、65周年の限定グッズ販売で最後までファンを楽しませた。
ガラス越しにシミュレーターを見下ろす2階には代表的なバックナンバーが並び、主に1990~2000年代の合冊版は実際に手に取って閲覧できる形で展示。今後も常設展示を予定している。
1960年9月20日の「空の日」に創刊
第1号の創刊は1960年9月20日の空の日(当時は「航空日」といった)。冊子サイズは創刊から1965年1月の第3号までB6サイズ、第4号から1972年8月の第42号までA5サイズ、第43号以降A4変形サイズ、2021年4月から小さいA5サイズになったが、2022年10月からB5に拡大されている。
縮小されたのと同じ2021年4月からデジタル化によりANAアプリでの閲覧が可能となり、現在はWEBサイトや機内シートモニターなどでも提供している。一方、冊子版は国際線のファーストクラスを除き、機内ではリクエストベースの配布に移行。閲覧の割合は機内シートモニターがおよそ1割、デジタル配信が1割となっていて、今でも大多数の8割は冊子での閲覧と見られている。そのため以前の15万部には及ばないものの、現在も毎月約10万部を発行し続けている。
表紙は創刊号から1989年3月の第237号まで写真とイラスト、1989年4月の第238号から2021年3月の第621号まで絵画で、それ以降は写真が飾っている。
1枚の手紙に託された、未来へのメッセージ
翼の王国はおそらく国内で最も歴史のある機内誌と思われるが、創刊について尋ねてみたところ、その経緯については不明な部分も多いようであった。しかし後日、編集部が航空資料の収集家である曽我誉旨生さんから頂いた情報の中から、思わぬ秘話が飛び出した。
曽我さんが古書で買った、1964年から1969年発行の合冊の中に、今から約50年前、前の所有者が全日空宣伝課に問い合わせた創刊の経緯についての質問に対する返信と思しき手紙が挟まっていたという。
手紙によると、1960年に発行された第1号は、同社発行のれっきとしたPR誌ながら、社内外の航空ファンの「好き」を詰め込んだ「同人誌」的存在だったとのこと。どおりで内容も航空寄りのものが多く、発行が「空の日」というのもうなずける。
手紙では、その同人誌的「翼の王国」と区切りを付けるため「第2巻第1号」として1964(S39)年6月に第2の創刊をしたという主旨のことが書かれているが、当イベントの歴史紹介では創刊1年後の1961年9月に第2号、それから3年強のブランクがあり1965年1月に第3号という流れになっていた。
前述の手紙と手持ちの資料から、当時の発行形態について曽我さんはこう解釈する。
提供:Soga Yoshiki
『手紙では同人誌的「翼の王国」は「1冊だけ発行され」とあり、1年後に2冊目が出たことに触れられていませんが、フレンドシップ就航直後に発行された第2号がたしかに存在しており、内容はほとんど航空関連であることから、おそらく第1号と同じような形態での刊行だったのだろうと思われます。この第1号と第2号は奥付に「季刊」とあるのですが、その通りにはいかなかったようです。
その後、1964年6月に、誌名は引き継ぎつつ、旅行記事も掲載されるなど、より広く一般向けを意識したPR誌として、「第2巻第1号」(ボーイング727特集号)が刊行されています。「第2巻」となっている背景は手紙に記載があるとおりです。
その後、同年10月に「ビーム・ライン特集号」として「第2巻第2号」(表紙に「VOl.2 NO.2」と記載)が出て、1965年1月発行の「新年特別号」からは晴れて「第2巻」が取れ、単に「第3号」(表紙には「NO.3」と記載)となっています。
1960年創刊ではあるものの、じつは今日に至る発行形態と通巻の直接的な起点は、1964年6月の「第2巻第1号」というわけです』
バイカウントの楽しみ、バイカウントとコンベアなど、飛行機の話題が豊富
確かにこれで全てのつじつまが合う。それにしても古書に挟まれていた、たった一通の手紙が今となっては当事者でも判然としなかったことを後世の人に広く伝えることになるとは、ご本人も全く想像していなかったのではないだろうか。
ちなみに1960年創刊号の目次を見ると、バイカウントの楽しみ(木村秀政)/バイカウントとコンベア/飛行機の豆知識/フレンドシップ/世界の街角/スチュワーデス物語り/たよりない機長とパーサー/私の名はウェザー・レーダーなど、飛行機に関する話題が多く、好きを詰め込んだという同人誌的な空気感がよく伝わってくる。ほかにも、立てた煙草が倒れないことで話題になったバイカウントのことか、「煙草がたつはなし(語り手・森繁久弥)」というのもあって興味深い。
また曽我さんが第3号で見つけられた著名人のエッセイでは、坂本九氏が「飛行機は安全で便利なものだというPRをもっとすべき」と書いていて、その後の運命を思うと胸が詰まる。
航空雑誌も顔負けのあの頃
不定期だった翼の王国は1973年5月号(第47号)から月刊誌となり、1985年1月より機内サービスプログラムの掲載を開始。1989年1月に英語版の「WINGSPAN」が創刊され、1998年11月より社長挨拶の掲載を開始した。2019年4月より「翼の王国」と「WINGSPAN」を統一し、英中版WINGSPANは「TSUBASA -GLOBAL WINGS-」へ改名されている。
現在は国内から海外まで、世界をつなぐ旅先の情報誌という印象の強い機内誌だが、1970年代ぐらいまでは表紙にもよく飛行機が登場し、記事も飛行機に関するものがとても多かった。航空雑誌顔負けの現場取材や、航空評論家の関川栄一郎氏による解説、そして「空からのAirport」という連載では全国の空港を空撮した写真が見開きで紹介されていて、当時の様子を知る歴史的資料としても価値が高い。
バックナンバーのページをめくる度に手が止まり、時間さえ許せばいつまでも眺めていたいと思いながら、いつか電子化されたら嬉しいのに、などと淡い夢も抱いてしまう。意欲に満ちて同人誌から立ち上げた先人たちも、さぞ喜んでいることだろう。
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